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相続税の申告義務のある、いわゆる「上位8%の富裕層」の中に、相続が発生してから財産目録を作成したり、税理士を探し始めるという人が少なからず存在しています。こういった人達は、当然のことながら生前には何も準備をしていないということになります。生前の準備と言っても「資産隠し」や「行き過ぎた節税策」は論外です。かと言って「最低限やるべき相続対策」すらやっていないというのも、これはこれで大問題です。こう言った能天気な富裕層にて、是非知っておいてもらいたいことは「相続開始後10カ月以内に『遺産分け』がまとまらないと、(一時的に)多額の相続税の納付を求められる可能性がある」という仕組みです。

基本的に、亡くなった人から多くの財産をもらった人は、多くの相続税を支払うことになります。逆に言えば、わずかの財産しかもらわなかった人は、相続税もわずかで良いということになります。換言すれば、各相続人が各々どのくらいの財産をもらうのか、すなわち「遺産分け」が確定しないと、各自の相続税の額も確定しないということになります。被相続人が遺言書を残しておいてくれていれば、そこに書かれたとおりに遺産分けされるのが基本です。一方で遺言書が無ければ、遺産分割協議と言って、法定相続人間の「全会一致方式による話し合い」で決定します。ここでのポイントは「全会一致方式」というところで、一人でも反対していれば遺産分割協議が成立することは無いということです。いつまで経っても「全会一致」が得られなければ、最悪の場合、裁判で決着と言うことになります。これが世間一般で言う、いわゆる「相続争い=争続」です。

一方で実務的には相続税は相続開始後10カ月以内に申告して、納付まで終えなければなりません。しかし何年も相続争いを続ける人がいることからもわかるとおり、相続開始後10か月を経過しても「遺産分割協議がまとまらない(=全会一致がとれない)」ということは、当然に起こり得ます。そうなると申告期限が到来した時点で遺産分けが確定していないわけですから、誰がいくらの相続税を納付すべきかも確定していないということになります。だからと言って、国税当局は遺産分割協議がまとまるまで申告・納付を待ってはくれません。このような場合は民法に定める法定相続分によって遺産分けがされたと仮定して、相続税を計算し、申告・納付する必要があります。最終的に遺産分けが確定すれば、その時点で差額調整する制度も、もちろん用意されていますので、一旦相続税の「仮払い」をするようなものと考えておけば良いでしょう。

しかしこの場合、大きな問題が生じることがあります。このいわゆる「仮払い」においては、相続税負担を軽減するために国が用意してくれた特例等が受けられないことがあるのです。例えば相続税実務において最も多く使われる特例等に「小規模宅地等の特例」や「配偶者の税額軽減」があります。これらは申告期限において遺産分けが確定していることが大前提です。遺産分けが確定していないまま申告期限を迎えてしまった場合は、とりあえず「適用が受けられない」ものとして相続税を「仮払い」しなさいと言うのが基本的な考え方になっています。もちろん最終的に遺産分けが確定すれば、その時点で差額を還付する制度も用意されています。とは言うものの、一時的かもしれないとは言え、申告期限で遺産分けが確定していないと、本来納付すべき相続税を大きく上回る税額を、納付しなくてはならない状況に陥る可能性があることになります。元々、相続税の納税資金が不足していたような場合は、納付そのものが困難になることも考えられます。納付が遅れれば、税務署から厳しく督促されるばかりか、銀行金利を大きく上回る利息でペナルティがかかることになります。しかも相続人間で争いをしているようだと、不動産売却による資金調達も困難になり、裁判をやっている間に、あっという間にペナルティが膨らむという事態も考えられるのです。

このような事態に陥らないためには、被相続人の生前に然るべき専門家を入れて財産目録を作成し、どの財産を誰が相続するかということを相続税の納税資金の観点からも十分に議論した上で、遺言書を作成しておく等の対策をやっておくことが重要です。特に企業オーナー系資産家には「出国税(KPCレポートvol.14参照)」が課税される危険もあります。相続が始まってから財産目録を作成したり、税理士を探しているようでは、この先相続した財産を守り抜いていく能力があるかどうかも甚だ疑問と言うことになります。