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日本の中小企業行政の大きな課題の一つとして、中小企業の事業承継に係る問題が指摘されています。オーナー経営者が後継者に事業を引き継ぐ場合、オーナーが有する自社株を贈与や相続により後継者に移転する必要がありますが、その贈与や相続に対しては言うまでもなく贈与税や相続税が課税されます。この税負担が、中小企業の事業承継のネックになり、中には廃業する中小企業も数多いと言われているところです。平成21年度改正により、事業承継に伴う贈与税・相続税の負担を軽減するための制度が設けられました。いわゆる、事業承継税制と言われるもので、場合によっては贈与税がゼロになることもあるという画期的な制度です。

しかしこの事業承継税制は適用件数が、国の想定を大きく下回っています。苦しかった贈与税が大幅に軽減されるという、非常に革新的な制度であるにもかかわらず、なぜほとんどの会社が避けて通ろうとするのでしょうか。

自社株に係る贈与税や相続税の額は、自社株の評価額に応じて大きくなります。この自社株の評価額は、会社の利益に応じて大きくなりますので、儲かっている会社であればあるほど、多額の贈与税や相続税が課税されることになります。ここで問題になるのは、自社株は換金価値もなければ、後継者以外の者に移転することができるようなものではない、ということです。このため、利益状況のいい会社の自社株を、後継者が贈与や相続により承継する場合、税負担が大きく計算され、かつ納税資金の調達にも苦しむことになるのです。言うまでもなく、中小企業は日本経済の根幹であるため、税負担により事業継続が困難になる事態は、国策として避けるべきです。この問題を克服するために、平成21年度改正により、鳴り物入りで創設されたのが「贈与税・相続税の納税猶予制度」いわゆる、事業承継税制と言われるものです。要件を満たしさえすれば、贈与税がゼロになることもあり得るという、一見革新的な仕組みが導入されたのです。

このように申し上げると、事業承継税制を活用すれば、事業承継に伴う税負担をダイナミックに下げられる、と思われるでしょう。しかし、この制度は「税負担を免除する」ものではなく「税負担を猶予する」というものです。「本来なら納めてもらう税金だが、要件に該当するうちは払わなくてもいい」というのが事業承継税制であり、見方を変えれば「要件に該当しないこととなれば、即税金を支払ってもらう」という仕組みなのです。このため、事業承継税制を適用する場合には、要件を満たすことになるか、あらかじめよく検討する必要があるのです。ここでいう要件ですが、紙面の都合上詳細に踏み込むことはできませんが、簡単に言えば事業を将来に渡り継続していくと判断できる要件として、法律で定められているものです。将来に渡る継続、という点からわかる通り、会社をM&Aしたり廃業すると、基本的に猶予された税金を支払うことになります。このため、単に後継者に事業を承継したい、という思いで事業承継税制を使うのではなく、将来に渡る経営計画なども策定した上で、適用を申請する必要があります。

とりわけ、大きなネックになるのは、贈与税や相続税の申告期限から5年間については、従業員数の8割以上の雇用を維持する、とされている点です。人件費は非常に大きな固定費であり、経営環境が厳しい中小企業においてはリストラも必要になるわけですが、この点も事業承継税制の適用を受けるのであれば制限を受けるのです。少し脱線しますが、このような雇用維持に係る要件が設けられているのは、中小企業の円滑な事業承継は雇用を守るために必要不可欠、という国の本音があるからです。言い換えれば、事業承継をしても雇用を守らない中小企業に特典を与える必要はない、という本音があるのでしょう。

こういうわけで、中小企業の事業承継を支援するために設けられた制度であるにもかかわらず、要件が厳しすぎて使えない、というのが事業承継税制なのです。この点、国も問題視したのでしょうか、平成25年度改正により、平成27年1月1日以後の贈与や相続については、事業承継税制の適用要件が、現在よりもかなり緩和されることとなりました。この点を以て、経済産業省などは声高に、事業承継税制が活用しやすくなったと宣伝しています。しかし、要件が緩和されたからといって納税を猶予する、という枠組みや、M&Aや廃業、リストラを制限するという考え方は変わっていませんので、適用を受ければ経営に大きな将来リスクが残るという問題は従来と変わりません。

このため、事業承継税制の適用は、あくまでも最終手段として考えなければならない、というのが正直なところなのです。よく言われることですが、事業承継に係る税負担は大きくなるとはいえ、余裕を持って対策することができれば、解決できないことはありません。例えば、数年かけて生前贈与を繰り返したり、原資を早いうちから用意することで多額の役員退職金を支出して自社株の評価額を下げたりする、といった対策を時間さえあれば取ることができます。相続が今にも発生しそう、という緊急的な状況になって初めて事業承継を意識する方がほとんどですから、窮余の策として、事業承継税制を適用せざるをえない、という方がほとんどなのです。

「事業承継税制が使いやすくなった」などという言葉を単純に受け入れるのではなく、余裕を持って早いうちから専門家に相談して、十分に戦略を練る。この姿勢が重要なのです。

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