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 今月は不動産の譲渡所得に関する平成10年12月18日の裁決事例を紹介していきます。

1 譲渡所得の特例は常にリスクをはらんでいる

 審査請求人は、自宅の土地を第三者に譲渡(=売却)し、3,000万円控除を受けられることを前提として所得税の確定申告をしたところ、税務調査で大きな問題となりました。3,000万円控除は、数ある譲渡所得の特例の中でも最もハードルが低く、自宅を売ったのであれば、ほとんど無条件で認められると思われている人も少なくありません。しかし譲渡所得の特例と言うのは、組織再編税制などと並んで、それ自体が大きなリスクをはらむものなのです。

 3,000万円控除についても、必ず検討しなくてはならない大きなポイントが1つだけあります。それは租税特別措置法35条にある「・・・譲渡を、これらの居住用家屋が当該個人の居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日までの間にした場合」という条文です。つまり「転居日」から3年経過日の属する年の12月31日までに自宅を譲渡をしないと3,000万円控除は受けられないのです。

2 電力会社へ反面調査へ入る税務署

 審査請求人は自宅の土地の譲渡契約を2回に分けて行いました。土地の一部については平成6年12月に、残りは平成7年1月に譲渡の「契約」をし、「引渡」はいずれも平成7年1月に行いました。そして「譲渡日」は「引渡日」が原則ですから、平成7年1月にこれらの土地を譲渡したとして、譲渡所得の申告をしました。そして「転居日」は平成6年9月であるから「居住の用に供されなくなつた日から同日以後三年を経過する日の属する年の十二月三十一日」は平成9年12月31日であるとして、3,000万円控除の適用が受けられることを前提に、所得税の確定申告を行いました。

 これに対して「転居日」について疑義を持った原処分庁(=税務署)は、電力会社やガス会社、水道局などに反面調査に入ったのです。その結果、この自宅では平成3年3月以後、電気・ガス・水道などのライフラインが一切使われていないことが判明しました。これを受けて原処分庁は「転居日」を平成3年3月と認定し、譲渡が「三年を経過する日の属する年の十二月三十一日」すなわち平成6年12月31日までに行われていないことから、3,000万円控除は受けられないとして更正処分を行い、国税不服審判所も更正処分は適法との判断をしました。

3 本当は受けられたはずの3,000万円控除

 ここで注意してほしい点は、少なくとも審査請求人は3,000万円控除を受けるチャンスを2回逃しているという点です。そもそも不動産会社をせかして「引渡日」を1か月前倒しして平成6年中に引き渡してしまえば良かったのです。あるいは「契約日」を「譲渡日」として確定申告するということもできたはずです。所得税基本通達36-12には「・・・譲渡所得の総収入金額の収入すべき時期は・・・資産の引渡しがあった日によるものとする。ただし、納税者の選択により、当該資産の譲渡に関する契約の効力発生の日・・・により総収入金額に算入して申告があったときは、これを認める。」とあります。すなわち自宅全体の譲渡契約を平成6年12月中に行い「契約日」を「譲渡日」として確定申告をした場合でも3,000万円控除は受けられたということです。このことに気が付いていれば600万円も所得税・住民税が安くなっていたばかりか、不服審判のための無駄な諸経費やエネルギーなどもなかったはずです。累計の損失は1,000万円を超えていると思われます。

 恐らくですがこの審査請求人は、全てが終わってから、税理士に申告代理の依頼をしたものと考えられます。税理士がこの点に気が付いたとしても、確定申告の直前に依頼されたのではどうすることもできません。特に相続税、贈与税、譲渡所得と言った資産税は、このようなトラブルが非常に多いのです。取引前から譲渡所得に詳しい税理士に相談しておけば「不動産会社をせかして、予定より1か月早く引き渡してしまいましょう」の一言で、何事もなく終わったはずなのです。

4 税理士は説明義務違反に注意

 一方でこのことは税理士にとっても大きなリスクです。継続的に契約をしている顧問先で同じようなトラブルが起きた場合「『契約日』を『譲渡日』として確定申告をすれば、3,000万円控除を受けられるということを言わなかったのは、税理士の説明義務違反だ」というような訴訟を起こされることが考えられるからです。「そんなバカな」と思われるかもしれませんが、実際に類似の税理士賠償訴訟が、最近は頻発している上、税理士の敗訴が続いているからです。
 相続、贈与、譲渡がある場合には、取引前にしっかりと準備をすることが何より重要です。