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今回のKPCレポートは、賃貸マンションの建築の勧誘をした不動産業者に約5,300万円の賠償命令が行われた「平成28年10月14日東京地裁判決」を紹介していきます。

1 概要

原告は、土地を相続により取得した昭和20年生の女性(以下「原告」といいます)です。原告は平成9年10月、不動産業者(被告)との間でマンション建築工事に係る請負契約を締結し、マンションは平成12年3月に完成しました。また原告は銀行から計3億6,000万円を借り入れ、本件請負契約に係る支払に充てました。原告は平成23年4月20日、本件建物及び同建物の敷地を、代金2億4,500万円で売却しました。

2 不動産業者には「適切な説明を行うべき信義則上の義務」がある

東京地裁は「被告は、建物建築請負、不動産の管理の受託、賃貸借等を業として行う事業者であり、かつ、本件建物の建築を請け負うとともに、管理委託契約を締結し、管理委託費を受領することにより利益を得る立場にあったものである」とした上で「被告には、本件請負契約の勧誘や説明に際し、原告に対し、契約を締結するか否かについて的確な判断ができるよう正確な情報を提供した上で、適切な説明を行うべき信義則上の義務があったというべきである。また、被告が前記義務に違反した結果、原告において的確な判断ができないまま、本件請負契約を締結し、本件賃貸事業を実施した場合には、被告は、原告に対して、「同義務違反の不法行為に基づき、損害を賠償すべき義務を負うものである。」としました。

3 原告は不動産業者に5つの「不法行為」があったと主張

原告は不動産業者に5つの「不法行為」があると主張しました。

第一に「『九割保証』を強調し、空室の場合でも被告側が家賃の九割を保証してくれるため、原告にとっての空室リスクがないかのような説明をして、勧誘し、その結果、原告をして、空室が出た場合でも経済的リスクがほとんどないとの誤信をさせた」点

第二に「駐車場経営を止めて、マンションを建ててその後維持していくことのリスク(固定資産税の負担、修繕の負担等)などについて言及しなかった」点

第三に「四〇年間、一度も空室がなく、家賃は二〇年間上がり続け、二〇年目以降は下がらないというあり得ないシュミレーションを行った」点

第四に「修繕費を含む事業収支見込みについて不正確な説明を行った」点

第五に「本件建物の周辺に、本件建物と同様の単身者マンションが建つ可能性について説明せず、それどころか、『周りには建たない。』と説明した」点

以上の点5つです。

4 原告の主張のうち「修繕費」に関するものだけが認められる

これに対し東京地裁は上記の5つの主張のうち4つについては

「原告の供述する経緯は不自然」
「(原告は)知り得べき」
「(原告は)当然に認識し得べき」
「(被告が)説明すべき義務を負っていたということはできない」

などとして、原告の主張を認めませんでした。

しかし「修繕費を含む事業収支見込み」に関する主張については

「いかなる程度の修繕費用の支出が見込まれるかは、三億六〇〇〇万円ものローン債務を負担した上で、大規模建物を建築し、これに係る賃貸事業を開始すべきか検討していた原告にとって、重要な事項であったというべきである」とした上で

「原告は、本件賃貸事業を実施しなくても、本件建物の敷地部分に係る駐車場経営による年間約五〇〇万円の収益を得ていたところ、その経営に係る負担は、本件建物のような大規模建物の建築及び管理に伴う負担に比して相当程度軽度であることがうかがわれるところ、被告から修繕費について正確な説明がなされていた場合は、多額のローン債務を負担してまで本件賃貸事業を実施するとの選択に至らなかった可能性が高い。」としました。

さらに、「本件提案書一には、『本試算書における年度別損益・資金繰り予想表で示した家賃をはじめとする各種収益・費用等の金額は、現時点で試算するところの中・長期予想を含んでおり、その金額を保証するものではありません』などと記載されていたことを考慮しても・・・原被告の各属性や利益状況、被告が説明した金額と実際に必要となり得る金額との乖離が著しいことなどに照らし、被告が修繕費を含む事業収支見込みについて不正確な説明を行ったことは・・・義務に違反し、不法行為を構成するというべきである。」としました。

その上で「原告は、駐車場経営により年額五〇〇万円程度の収益を得ていたところ、修繕費を含む事業収支について正確な情報に基づく適切な説明がなされていた場合には、合計三億六〇〇〇万円ものローン債務を負担してまでして、本件請負契約を締結の上、本件賃貸事業を営まなかった可能性が高いものであり、被告が前記義務に違反した結果、原告において的確な判断ができないまま、本件請負契約を締結し、本件賃貸事業を実施したものといえ、被告は、原告に対して、同義務違反の不法行為に基づき、損害を賠償すべき義務を負う被告は、本件請負契約の締結に先立ち、本件賃貸事業に係る事業収支、特に、修繕費についての説明において、信義則上の義務に違反したところ、同違反は原告に対する不法行為を構成するというべきである。」とし、原告が被った損害として、建築費3億6,000万円から、本件建物の売却代金1億7,115万円及び建物を建築したことによる(駐車場経営を継続していた場合と比べた)超過利益相当額約1億3,500万円を控除した5,304万2,412円の支払いを命じました。

5 一つでも説明義務違反があれば損害賠償が認められる可能性があり、損害額は「投資損失額」を基礎に算定される

本件については大きく2つのポイントがあるといえます。

一つに原告の5つの主張のうち「修繕費」に関する主張だけが受け入れられただけであるにもかかわらず、実質的な損害額全額の賠償が命じられたという点です。

また賠償額は「投資損失額」を基礎にしているという点も重要です。
特に近年、集団訴訟となっている「サブリース問題」や「シェアハウス問題」などでも類似の事案が多く存在している可能性があり、裁判になった場合は、同様の法理が適用される可能性があるということになります。

空室や家賃下落等に悩んだ場合、単純な「自己責任論」を受け入れるのではなく、弁護士などの専門家に相談することが重要です。その際に、このような判例が存在することを示せば、専門家もより有益なアドバイスをしやすくなるでしょう。