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平成25年度税制改正で「直系尊属から教育資金の一括贈与を受けた場合の贈与税の非課税の特例」(以下「教育資金贈与の特例」)が新設されました。これにより平成25年4月1日から平成27年12月31日までの間に、直系尊属(祖父母・父母等)から、30歳未満の孫・子等へ教育費を贈与した場合、一定の要件のもと、受贈者1人につき、最大で1,500万円まで贈与税が非課税となります。新聞報道によると、政府はこの制度を平成28年以後も延長することに非常に前向きであると伝えられており、事実上、恒久制度になる可能性もあります。

しかし誰でも素朴に疑問に思うことがあります。今の日本ではほとんどの人は学校を卒業するためにかかった学費は両親に出してもらっているはずですが、果たして税務署から「あなたは両親に学費を出してもらったのに贈与税を払っていない。申告しなくては駄目じゃないですか」と言われた人がいるでしょうか?少なくとも私の知る限りではただの一人もいませんし、私自身も税務署からそのような指摘を受けたことはありません。しかし、わざわざ制度を新設してまで非課税扱いにするというのだから、中には贈与税が課税されている人がいるのでしょうか。だとしたら両親に学費を出してもらった人の中で、贈与税がかかる人は、他の人達と何が違ったのでしょうか。

学費と贈与税の関係については、相続税法第21条の3に定めがあります。ここでは「扶養義務者相互間において生活費又は教育費に充てるためにした贈与により取得した財産のうち通常必要と認められるもの」は「贈与税の課税価格に算入しない。」とあります。また民法877条に「直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある。」とありますから、ここでいう「扶養義務者」には「直系血族=両親だけでなく、祖父母等」も含まれます。さらにより具体的な定めとして相続税法基本通達21の3-5に「法第21条の3第1項の規定により生活費又は教育費に充てるためのものとして贈与税の課税価格に算入しない財産は、生活費又は教育費として必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産をいうものとする。」とあります。つまり子や孫に学費が発生する都度、両親や祖父母が負担した場合、受贈者である子供に贈与税は課税しないと法令・通達に明記されているのです。だから日本ではほとんどの人が両親に学費を負担してもらっているにもかかわらず、贈与税を課税された人がほぼ皆無なのです。

ではどのような場合だと、学費を両親や祖父母に出してもらって贈与税が課税されるのでしょうか。相続税法基本通達21の3-5に「必要な都度直接これらの用に充てるために贈与によって取得した財産」とありますから、例えば数年分の学費をまとめて親からもらってしまったようなケースは贈与税が原則どおり課税されることになります。例えば大学を卒業するまでの学費を、小学生の時にまとめて贈与されたとしたならば「必要な都度直接」ではないですから、受贈者である子供は贈与税を納めなければならないということになります。しかし一般常識的に考えて、数年分の学費をまとめて子供に渡す親はまずいないでしょう。

そう考えると「教育資金贈与の特例」は、両親(あるいは祖父母)がその都度学校に学費を支払っていれば課税されないものを、わざわざイレギュラー的に一括贈与することで一旦課税対象とし、さらに特例で非課税にすると言う、本質的にはあまり経済合理性の無いものなのです。

しかしだからと言って「教育資金贈与の特例」が無意味と言っているわけではありません。世の中には「孫の喜ぶ顔が見たい」と思っている人や「子供に楽をさせてあげたい」と思っている人はたくさんいます。そのような人達が愛情をもって、むしろ積極的に子供や孫の教育費を負担したいという気持ちのもとに、この特例を一つのきっかけとして教育費を負担したとしたら、子供や孫との絆もより一層深まることでしょう。人の幸せは経済的な豊かさだけで決まるものではありませんから、より一層家族の絆を深めることが出来たとしたら、それはどのような特例よりも素晴らしい効果をもたらすものではないでしょうか。このような贈与は「心の贈与」と言われています。

しかしこの制度が「小規模宅地等の特例」や「生命保険金の非課税枠」のように、具体的な税負担軽減を伴うと考えていたら、それは大きな認識誤りと言うことになります。十分に内容を理解したうえで、しっかりと判断することが重要です。