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 今回のKPCレポートは、支給した役員退職給与約3億円のうち、約2億6000万円が「不相当に高額」とされた平成28年6月27日裁決事例を紹介していきます。「不相当に高額」な部分の算定に用いられる「平均功績倍率」が1.06倍と実務感覚からするとかなり低く認定されている点に注目です。

1 概要

 農業生産法人である審査請求人は平成25年12月期の法人税等について、退職した代表取締役A氏に支給した役員退職給与の額299,200,000円全額を損金の額に算入し申告しました。ところが原処分庁は役員退職給与のうち57,222,000円を超える241,978,000円は「不相当に高額」などとして法人税等の更正処分等を行ったため、請求人が各処分等の全部の取消しを求めました。
 

2 請求人の主張

 請求人は、A氏は、請求人の設立以降、終始一貫して実質的な支配権を有し、事業規模の拡大など会社運営の重要な企画に当たるほか、自らも財務金融面のみならず取引先との折衝に当たっていたと主張しました。そしてこのような本件元代表者の創業者としての貢献度を評価し、かつ、本件元代表者の役員報酬が平成17年から据え置きで低く抑えられていたこと等を踏まえて、本件役員退職給与を算定しており「『不相当に高額』な部分として損金の額に算入されない金額はない」と主張しました。

3 原処分庁の主張

 これに対して原処分庁は、本件役員退職給与相当額を算定するに当たっては「平均功績倍率法」すなわち退職役員に退職給与を支給した法人と同種の事業を営み、かつ、その事業規模が類似する法人(以下「同業類似法人」という)の役員退職給与の支給事例における功績倍率(同業類似法人の役員退職給与の額を、その退職役員の最終報酬月額に勤続年数を乗じた額で除して得た倍率の平均値(以下「平均功績倍率」という。)に、当該退職役員の最終報酬月額及び勤続年数を乗じて算定する方法。以下同じ。)を用いるのが合理的であるとしました。
 その上で原処分庁は請求人の「同業類似法人」4社を「業種の類似性」「事業規模の類似性」「地域の類似性」「退職役員の役職及び退職事由等の類似性」の4つの基準に基づき抽出しました。そしてこれらの「同業類似法人」の代表取締役の退職給与を抽出し、その「平均功績倍率」を算定すると1.53倍となったため、この平均功績倍率1.53倍にA氏の最終報酬月額(1,100,000円)及び勤続年数(34年)を乗じて算定された57,222,000円が役員退職給与相当額であるから、それを超える241,978,000円は「不相当に高額」な部分として損金の額に算入されないと主張しました。
 

4 国税不服審判所の判断

 国税不服審判所は「平均功績倍率法は、その同業類似法人の抽出が合理的に行われる限り、法人税法第34条第2項及び法人税法施行令第70条第2号の趣旨に最も合致する合理的な方法というべきである」としました。一方で国税不服審判所は原処分庁が選定した4社の「同業類似法人」のうち、1社についてはその主な事業内容が「畜産食料品製造業」であり、請求人のそれである「畜産農業」と異なることから「同業類似法人」として相当ではないとしました。
 その上で残りの3社を「同業類似法人」として「平均功績倍率」を求めたところ1.06となり、これにA氏の最終報酬月額(1,100,000円)及び勤続年数(34年)を乗じた39,644,000円が役員退職給与相当額としました。従って役員退職給与299,200,000円のうち、39,644,000円を超える259,556,000円を、法人税法第34条第2項に規定する「不相当に高額」としました。

5 審査請求人の不利益にはならない

 このように原処分庁は「平均功績倍率」を1.53倍としたのに対し、国税不服審判所はそれよりもさらに低い1.06倍としたため「不相当に高額」な部分の金額が241,978,000円から259,556,000円へと増加してしまいました。つまり国税不服審判所の方が原処分庁よりも請求人にとって不利な結論を出したたわけですが、このような場合、請求人は追加で法人税等を支払わなくてはならないのでしょうか。
 この点についてですが不服審査をしたことによって、請求人にとって不利益な結果になることはありません。このことは国税通則法に明確に定められています。つまり最終的には原処分庁の主張した241,978,000円がそのまま「不相当に高額」な部分の金額ということになります。

6 「役員退職給与」は高度に実務的

 この裁決事例では国税不服審判所の認定した「平均功績倍率」が1.06倍というと実務感覚からすると随分と低い値となっています。このことを正しく理解するためには、まずは「平均功績倍率」の考え方について整理する必要があります。「平均功績倍率」は、あくまでもその会社の「同業類似法人」のそれから理論的に導き出されるものですから、100の会社があれば100通りの答えがあります。つまりある会社にとっては「平均功績倍率」は2倍かもしれないし、別の会社では5倍かもしれないわけで、この農業生産法人はたまたま1.06倍であったということに過ぎません。
 このように全ての会社にとって理論上は異なる「平均功績倍率」の算定は高度に実務的です。従って役員退職給与の支給を考えている場合は、専門家もふまえて財務省や国税庁が公表している「法人企業統計年報特集」や「民間給与実態統計調査」、税務関係の雑誌、書籍などを参考にして、可能な限りの情報収集をし、正しく「平均功績倍率」を算定したということを示す理論的かつ十分な量のエビデンスを残しておくなどの事前準備をしておくことが重要です。