今回のKPCレポートは「適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ」について争われた、いわゆる「TPR事件」について解説していきます。なお本レポートは、公認会計士や税理士などの専門家向けではありませんので、一般の皆さんがイメージで理解しやすいように、専門用語は極力排して、やや大雑把な説明をしていることを了承した上でお読みください。「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し」や「適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ」、「TPR事件」等について正確に理解したい方は、公認会計士や税理士などの専門家に個別に相談するようにしてください。
※なお本レポートの1~3の事例に出てくる会社は、全て「資本金1億円以下の青色申告をしている会社で、大企業のグループ会社などではなく、3月決算で事業年度が1年の株式会社(要するに最も良くあるタイプの普通の会社)」であることを前提に解説していきます。
1 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し
まず会社が、ある事業年度において赤字を出した場合のその後の課税関係について確認していきましょう。例えば令和2年3月期において、A社が1億円の赤字を出したとします。この赤字の額を法人税法の世界では「欠損金額」と言います。そしてA社は次の事業年度である令和3年3月期において1億円の黒字を出したとしましょう。仮に(地方税を含めた)法人税等の税率を30%とすると、普通に考えるとA社は令和3年3月期には1億円の30%である3,000万円の法人税等を払うことになりそうです。そうだとするとA社は1億円の赤字だった令和2年3月期と、1億円の黒字だった令和3年3月期の2年トータルで見るとプラスマイナスゼロなのに3,000万円の法人税等を払わなくてはいけないこととなります。これではいくら何でもA社が可哀想だということで、法人税法ではある事業年度で黒字が出た場合でも、過去10年以内に赤字があった場合は、両者を相殺することが出来ることになっているのです。つまりA社の令和3年3月期の1億円の黒字は、令和2年3月期の1億円の赤字と相殺することができますから、A社の令和3年3月期はプラスマイナスゼロと考えて、法人税等を払わなくて良いということになります。これを「青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越し」と言います。
そして当たり前の話ですが、令和4年3月期にA社がまた1億円の黒字を出したら、今度はきっちりと3,000万円の法人税等を払う必要があります。令和2年3月期の赤字は既に令和3年3月期の黒字と相殺してしまっていますから、2度も3度も相殺することはできません。過去の赤字のうち、まだ黒字と相殺されておらず「いずれ黒字が出たら相殺できるように待機しているもの」を「未処理欠損金額」と言います。
2 適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ
次に「適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ」について説明していきます。これは簡単に言うと「合併相手の法人の未処理欠損金額と、自社の黒字の相殺ができる」という仕組みです。例えば令和2年3月期で1億円の赤字を出してしまったA社が、令和3年度中に、他社であるB社に吸収合併されてしまったとしましょう。そしてB社が令和3年3月期に1億円の黒字を出したとします。ここでA社とB社は合併によって1つの会社になっていますから、B社の令和3年3月期の1億円の黒字と、A社の令和2年3月期に発生した1億円の「未処理欠損金額」が相殺できるのかという議論が発生します。この点については法令に定めがあり、合併が「適格合併」である場合、原則として相殺はできるということになります。このことを「適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ」と言います。では「適格合併」とは何かというと、これはとにかく複雑ですので、字数の関係でここで細かく説明することはできません。凄く簡単にまとめると、合併のうち「100%親子・兄弟会社間の合併」「(100%ではない)親子・兄弟会社間の合併で、事業や雇用の見直しをしないもの」「親子・兄弟関係にないが、事業や規模が近いような会社同士の合併」の3パターンに大きくわかれます。この「適格合併」の要件は、とにかく複雑で細かくかつ難解ですから、実際に実行する場合には、必ず専門家も踏まえて慎重に検討してください。
3 このままだと、いともたやすく租税回避行為ができる
ところが「適格合併」の場合は全て「未処理欠損金額の引継ぎ」は可能としてしまうと、実はいともたやすく租税回避行為が出来てしまうのです。例えば世の中には赤字続きで、倒産寸前の会社などというのはいくらでもあって、このような会社には通常は「未処理欠損金額」があります。ここで「未処理欠損金額」を持っている別の会社を合併して自社の黒字と相殺して節税しようと思ったら、その合併がまず「適格合併」でなくてはなりません。ところが都合よく「親子・兄弟会社」や「事業や規模が近いような会社」でそのような会社が見つかることは稀です。そうすると普通は合併しても「適格合併」にはなりませんから「未処理欠損金額の引継ぎ」はできなさそうに思えます。
ところが、ここはまさに「コロンブスの卵」です。どういうことかというと、この倒産寸前の会社の全株式を二束三文で買ってきて、次の日に合併すれば、それは「100%親子・兄弟会社間の合併」になりますから「適格合併」ということになります。このように考えると、会社に黒字が出るたびに、事業も規模も問わず、とにかくどこかから倒産寸前で「未処理欠損金額」がある見知らぬ会社を見つけてきては二束三文で全株式を買い取り、次の日に「適格合併」をすることで、全く法人税等を払わないような租税回避行為が繰り返し出来てしまうのです。
このような租税回避行為を防止するために、法人税法では「未処理欠損金額の引継ぎ」をするためには「適格合併」だけでは足りず、プラスアルファの要件が求められています。このプラスアルファの要件も極めて複雑なので、ここで細かく説明することはできません。そのうちの最も代表的なものだけザックリと説明すると、「買収から『適格合併』まで5年ないし6年以上を経過していること(実際にどれくらい経過していれば良いかは、事業年度による)」があります。つまりザックリ言うと、買収から最大で6年(最低でも5年)待って「適格合併」をすれば「未処理欠損金額の引継ぎ」は認められるということです。逆に言えば「未処理欠損金額の引継ぎ」をしたければ、買収から合併まで最大で6年(最低でも5年)待たなければならないということで、これは会社経営者にとってはかなりきついです。租税回避行為をさせないためとは言え、かなり意地悪で陰険な法令と言って良いと思います。
4 TPR事件
そして最近にこの「適格合併による未処理欠損金額の引継ぎ」を巡って起きた大きな裁判が、東京地裁令和元年6月27日判決、いわゆる「TPR事件」です。自動車部品等の製造・販売を営む東証一部上場企業である甲社は、平成14年2月、経営状況が良くなく「未処理欠損金額」があった乙社の発行済株式総数の3分の2を取得して買収を行い、翌年には残りの株式も全て取得し「100%親子会社」の関係になりました。そして買収から8年以上が経過した平成22年3月1日に乙社を合併し、この合併は「適格合併」であると確信したため「未処理欠損金額の引継ぎ」を行い、平成22年3月期と平成23年3月期の2期に渡り、11億円以上の乙社の「未処理欠損金額」と自社の黒字と相殺したのです。
このように買収から合併まで8年以上が経過していますから、甲社が「未処理欠損金額の引継ぎ」の法令上の要件を満たしていることは明らかでした。課税庁もそのことは認めたのですが、この合併は「法人税の負担を不当に減少させる」という理由で、甲社の「未処理欠損金額の引継ぎ」を認めなかったのです。甲社にしてみれば法令上の要件を満たしているのに「未処理欠損金額の引継ぎ」が認められないというのは到底納得できませんから、争いになりました。
ではなぜ法令上の要件を満たしているのに課税庁は甲社の「未処理欠損金額の引継ぎ」を認めなかったのでしょうか。ここでの大きなポイントは、甲社は合併前に新たに丙社という別の会社を設立し、乙社の従業員を丙社に転籍させるなどして、乙社を「空っぽ」にした上で「適格合併」をしていたのです。このことについて課税庁は乙社の「未処理欠損金額の引継ぎ」をするためには、甲社において乙社の「事業の継続」がなされていなくてはならないといった内容の主張をしました。つまり「合併した会社(甲社)」で「合併された会社(乙社)」の「事業の継続」がなされているからこそ、「合併した会社(甲社)」で「合併された会社(乙社)」の「未処理欠損金額の引継ぎ」も認められる、いわば両者は「セット販売」が「制度趣旨」であるから、その「制度趣旨」にそぐわない場合は「未処理欠損金額の引継ぎ」は認められないというのです。確かに乙社の「事業の継続」は甲社ではなく新設の丙社で行われています。このことをもって、課税庁は甲社が乙社の「未処理欠損金額の引継ぎ」をしたことは「制度趣旨」にそぐわない「法人税の負担を不当に減少させる」ことを目的とした「行き過ぎた節税策=租税回避行為」と決めつけたのです。しかし法令には「合併した会社(甲社)」で「合併された会社(乙社)」の「事業の継続」がなされていなければ「未処理欠損金額の引継ぎ」ができなどということは一言も書いていません。これでは甲社は納得するわけもないのですが、東京地裁は課税庁の主張を全面的に支持し、令和元年12月11日の東京高裁判決もほぼ同じ内容で、いずれも甲社は「未処理欠損金額の引継ぎ」ができないという判決が出て課税庁が勝訴したのです。
5 条文には書いていない法の「制度趣旨」まで理解して検討しなくてはならないのか
このように甲社は法令に定められた要件を全て満たしていたのに「未処理欠損金額の引継ぎ」が認められなかったわけですが、実は似たような事件が過去にもありました。いわゆる「ヤフー事件(平成28年2月29日最高裁)」です。ヤフー社も「未処理欠損金額の引継ぎ」をするための法令上の要件を全て満たしていたにもかかわらずその「法人税の負担を不当に減少させる」すなわち「行き過ぎた節税策=租税回避行為」であるとして認められなかったのです。こちらの裁判でも課税庁の主張が全面的に認められました。この話を突き詰めると「未処理欠損金額の引継ぎ」はもちろんのこと、他の議論でも、条文に書かれていない「制度趣旨」まで理解して当てはめた上で課税関係を考えなくてはならないということになります。特に「未処理欠損金額の引継ぎ」などは、法人税額に与える影響が巨額になりがちですから、会社にとってとてつもなく大きなリスクになるということになります。
6 税理士損害賠償の可能性も
さらにもう1つのポイントとして甲社がこのような事件に巻き込まれるリスクを、事前に認識していたかということがあります。仮に事前に認識していたとしたら、わざわざ乙社の事業を丙社に移転するようなことはせず、そのまま乙社を合併した可能性もあるのではないでしょうか。もし素直に乙社をそのまま合併していれば、今回のトラブルはなかったとも言えるのです。しかも「ヤフー事件」という先例がある以上は、仮に税理士が甲社に全くこのリスクを説明していなかったとすると、税理士の説明義務違反が問われる可能性もあるかもしれません。かと言って、法令に書かれていないようなリスクまで税理士に説明義務があるかどうかは甚だ疑問です。しかし甲社が「税理士が正しくリスクを説明していれば、甲社が乙社をそのまま合併して『未処理欠損金額の引継ぎ』は問題なく認められていたから、これは税理士の説明義務違反により発生した損害である」と主張して訴えてきた場合、金額が大きいだけに損害額が一部だけでも認められただけでも税理士にとっては負担が困難になる可能性があります。
税法は改正に改正を繰り返した結果、ますますわかりにくくなっているだけではなく、条文に書かれていない「制度趣旨」まで理解して考えないといけないということになると、これまで以上に検討には慎重さが求められます。