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令和2年11月のKPCレポートは、所得税の「障害者控除」について争われた平31年3月19日国税不服審判所裁決事例(関裁(所)平30-32)について紹介していきます。

1 時系列

A氏の配偶者は、平成27年8月5日付で「精神障害者保健福祉手帳」の交付を受けました。さらに配偶者は平成28年6月2日付で、障害基礎年金の支給開始を平成17年1月とする「国民年金決定通知書」の交付を受けました。

A氏は平成30年3月9日、平成25年分及び平成26年分の所得税等について、配偶者は平成17年1月から継続して「障害者」に該当していることとなったから、所得税法の「障害者控除」の適用が認められるとして、更正の請求をしました。ところが原処分庁は「更正をすべき理由のない旨の各通知書処分」をしたため、A氏は国税不服審判所に審査請求をしました。

2 法律によって異なる「障害者」という言葉の定義

まず「障害者」という言葉の定義は、法律によって異なるということを頭に入れてください。A氏の配偶者は平成27年8月5日で精神障害者保健福祉手帳の交付を受けたということは、その時点でいわば「精神保健福祉法上の障害者」と認められたということになります。また障害基礎年金の支給開始を平成17年1月とする国民年金決定通知書の交付を受けたということは、平成17年1月からいわば「国民年金法上の障害者」として認められたということになります。

しかし所得税法上の「障害者控除」の適用を受けるために必要な要件は、配偶者がいわば「所得税法上の障害者」に該当することです。ところが同じ「障害者」という言葉でも「精神保健福祉法」と「国民年金法」そして「所得税法」では、それぞれに定義している条文があり、必ずしもその内容は一致しません。さらにこの他にも「障害者」という言葉は「障害者基本法」や「障害者自立支援法」などにも定義があります。同じ言葉でも、その法律によって定義が全く異なるということは、法律の世界では非常に良く起こります。従って「精神保健福祉法上の障害者」や「国民年金法上の障害者」に該当したからといって、必ずしも「所得税法上の障害者」に該当するとは限りません。A氏が「障害者控除」を受けられるかどうかは「精神保健福祉法」や「国民年金法」ではなく「所得税法」に当てはめて考える必要があるのです。

3 国税不服審判所の判断

まず国税不服審判所は所得税法施行令10条①二により「精神保健福祉法第45条第2項に規定する精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている者を所得税法第2条第1項第28号に規定する障害者に該当する者として掲げている」とした上で、配偶者は平成27年8月5日付で精神障害者保健福祉手帳の交付を受けていることから「平成27年12月31日の現況において、所得税法施行令第10条第1項第2号に掲げる者として、所得税法第2条第1項第28号に規定する障害者に該当する。」としました。一方で「障害基礎年金の支給決定を受けた者」は「所得税法上の障害者」として規定されていないことから国税不服審判所は「障害基礎年金の支給決定が過去に遡ってされたとしても、このことは当該判断を左右しない。」と結論付けました。

4 まとめ

この国税不服審判所の判断を解説すると、以下のようになります。まずA氏の配偶者は平成17年1月にさかのぼって「国民年金法上の障害者」と認められたわけですが、このことは「所得税法上の障害者」の要件を満たすことを意味していませんでした。配偶者が「所得税法上の配偶者」の要件を満たしたのは「精神保健福祉法上の障害者」となった平成27年8月5日だったのです。
A氏が「障害者控除」が受けられるかどうかは、その年の12月31日時点で配偶者が「所得税法上の障害者」の要件を満たしていたかどうかで判断されます。A氏が審査請求をしているのは平成25年分と平成26年分の確定申告についてです。そうすると、それぞれ平成25年12月31日と平成26年12月31日の時点で、配偶者が「所得税法上の障害者」の要件を満たしていないと、A氏は「障害者控除」を受けられないのです。しかし配偶者が「所得税法上の障害者」に該当したのは、あくまでも平成27年8月5日です。従って平成27年分以後は「障害者控除」を受けることはできても、平成26年分以前については「障害者控除」は受けられないという結論になり、A氏の主張は認められませんでした。

ここで注意してほしいのは常に「国民年金法上の障害者」になっても「所得税法上の障害者」とは認められず、「精神保健福祉法上の障害者」であれば「所得税法上の障害者」と認められるという単純な方程式が成り立つということを意味するものではないということです。「障害者」という言葉に、法律ごとにバラバラに定義があるということは、その定義について重なっている部分もあれば、ズレている部分もあるということです。だから他の事案では「国民年金法上の障害者」となったと同時に「所得税法の障害者」に該当すると認められたり、「精神保健福祉法上の障害者」となっても「所得税法上の障害者」には該当しないという事態が発生することも十分に考えられるのです。

「障害者」のようにたくさんの法律に定義がある用語は、実は数多く存在しています。まずは自分が議論しているのは、どの法律についてのものなのかを明確にしたうえで、それぞれの法律の条文に当てはめて、個々に判断する必要があります。