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令和3年4月のKPCレポートは、M&A後に発生したトラブルが原因で、買主が売主から受領した「解決金」について、処分行政庁が「損害賠償金」として益金の額に算入されるとして法人税及び地方法人税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をしたことから争いになった令和2年8月6日東京地裁判決を紹介しておきます。買主は「解決金」は「株式の取得対価の返金」に当たるから益金の額に算入されないと一貫して主張しました。

1.マザーズ上場会社を買収

東京証券取引所第一部に上場する甲社は平成21年3月3日、いわゆる「マザーズ市場」に上場していた乙社に対して公開買付けを行う旨を公告しました。乙社は同年8月26日に上場廃止となり、そして同年9月、いわゆる「スクイーズアウト手続」により、甲社は乙社の発行済み株式の全部を所有して完全子会社化するに至りました。

乙社の代表取締役であり大株主でもあったA氏は、所有株式の全部をもって本件公開買付けに応募し、甲社から8億7,885万円の対価を受領しました。

2.不適切な会計処理が発覚

ところが買収後に乙社で不適切な会計処理が行われていたことが発覚しました。その結果、平成23年1月19日、甲社に1,200万円、乙社に1,099万9,999円の課徴金が課されてしまいました。甲社はA氏との間で「公開買付に関する契約書」を取り交わしていました。この契約書には「乙社の計算書類及び連結計算書類が一般に公正妥当と認められる会計原則に従って作成され、これらの計算書類の基準時現在又は対象期間における対象会社等の財務状況を正確に表示していることにつき、A氏が原告に対して表明し、保証すること」やA氏が「当該表明及び保証に違反があったことに起因して原告に生じた損害(弁護士費用を含む。)を補償すること(ただし、補償すべき損害等の額の上限は、買付価格に本件D氏所有株式の数を乗じた金額の50%とする。)」などが定められていました。甲社と乙社(以下、甲社と乙社を総称して「甲社側」という)はA氏などに対して取締役の第三者に対する責任、不法行為責任等に基づく損害賠償金約10億円の連帯支払を求める訴訟を提起しました。

3.1億4,000万円で和解が成立

平成27年12月9日、A氏が1億2,000万円、他の2名の取締役が各1,000万円、合計1億4,000万円を甲社に支払うことで和解が成立しました。なお「和解調書」には「解決金」の支払は「株式の取得対価が過大であったことを理由とするものであることを確認する」という内容が記載されていました。甲社は受領した「解決金」1億4,000万円を「株式の取得対価の返金」として益金に算入せず法人税の申告をしました。ところが処分行政庁は「損害賠償金」として益金に算入するものとして法人税の更正処分等をしたことから争いになりました。

4.公認会計士兼税理士がこの案によれば「課税されない可能性が高い」との見解

まず東京地裁は「本件の争点は、本件各更正処分等の適法性であり、主として、本件解決金の額が本件事業年度の益金の額に算入すべき金額であるか否か、具体的には、本件解決金が、損害賠償金として支払われたものであるか、本件A氏所有株式の取得対価の返金として支払われたものであるかが争われている。」ことを確認しました。そして「解決金」を支払う理由を「株式の取得対価が過大であったことを理由とするものであることを確認する」とする案を提示したのは甲社側であり、その理由として公認会計士兼税理士がこの案によれば「課税されない可能性が高い」との見解であり、社内弁護士もこれに同意しているという内容の説明を甲社側はしていたことなどを確認しました。A氏は当初、この条項を入れることに反対したものの、和解成立を優先させるため受け入れました。

5.売買代金の減額分であることと整合しない

これらを受けて東京地裁は「損害賠償請求権を訴訟物とする訴訟において、和解によって支払を合意する金員が損害賠償の実質を有するものである場合であっても、和解調書上、その名目を「解決金」等とすることは一般にみられることからすれば、本件和解条項における「本件解決金」という名目それ自体をもって、当該金員が損害賠償金として支払われるものでないということはできず、上記名目によって本件解決金の法的性質を確定することはできない」などとし「和解調書」の文言の書き方にかかわらず、支払われた金員の実質によって判断されるべきであるとしました。その上で「株式の取得対価の返金」であれば、その支払義務は売主であるA氏のみが負うものであるにもかかわらず、実際には甲社株式を所有していなかった他の2人の取締役も「解決金」を負担していることなどについて「売買代金の減額分を返還するものであることと整合しない」としました。またA氏は当初はこの条項を入れることに反対していたことなどから、A氏は「本件解決金が損害賠償金であると認識していたとみるのが自然である」などと指摘しました。その他の事実関係なども検討した結果「(A氏らは)損害賠償金として本件解決金を支払い、原告はこれを受領したものと認めるのが相当である。」と結論付け、処分行政庁の主張を全面的に認めました。

6.「解決金」が常に「損害賠償金」として課税されるわけではない

ここで注意してもらいたいのは、M&Aにおける表明保証条項違反による「解決金」は常に「損害賠償金」として課税されるわけではないということです。東京地裁は判示の中で「一般的に、株式譲渡契約における表明保証条項違反の補償金の性質については、損害賠償金、譲渡価格の調整(減額)のいずれの考え方もありうるとされている」と述べていることから、全く事情が異なる別の事案であれば「株式の取得対価の返金」として認められる可能性も十分にありうるということになります。 

しかし否認されると本税の他に多額の延滞税や過少申告加算税まで課税され、大変な負担になってしまいます。表明保証条項違反に基づき「解決金」を受領する場合は「損害賠償金」となるか「株式の取得対価の返金」となるか、個別の事情を十分に加味して慎重に検討する必要があるでしょう。

※なお本件は東京高裁でも再び争われ、東京地裁と同じく処分行政庁の主張が全面的に認められています(令和3年3月11日東京高裁)