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令和3年5月のKPCレポートは、会社が支払った「役員退職慰労金」1億4,784万円が損金として認められなかった平成17年2月4日東京地裁判決を取り上げていきます。会社は本件は法人税法基本通達9-2-23(※現行9-2-32)に規定する「その職務又は地位が激変した」に該当するから「役員退職慰労金」は損金の額に算入するべきであるなどと主張しました。

1.概要

A社は昭和47年2月25日に設立された自動車部品等の製造販売業を経営する会社です。甲は平成12年1月25日に原告の代表取締役を辞任しました(ただし取締役にはとどまる)。そしてA社の従業員であった当時28歳の乙が同月26日、原告の取締役及び代表取締役に就任しました。甲と乙は平成12年2月18日に婚姻しました。A社は甲に「役員退職慰労金」1億4,784万円を支給して平成12年1月期の損金の額に算入したところ、葛飾税務署長は「退職した役員に対して支給する退職給与とは認められないから、本件事業年度の所得金額の計算上損金の額には算入されない」などとして、平成14年6月26日付で更正処分並びに過少申告加算税賦課決定及び重加算税賦課決定をしたため争いとなりました。

2.基本的な考え方

まず東京地裁は「法人税法上、役員に対する退職給与は、現実にその法人から退職した場合」の他「例えば常勤取締役が経営上主要な地位を占めない非常勤取締役になるとか、取締役が経営上主要な地位を占めない監査役になるなどその地位又は職務の内容が激変した事実があり、実質的に退職したのと同様の事情にあると認められる場合の給与に限って、真正な「退職給与」であると認め、法人税法22条により損金の額に算入するのが相当である。」との基本的な考え方を確認しました。

3.甲は引き続き原告の経営の中心

次に東京地裁は本件について検討をしたところ、甲は「平成12年1月31日現在原告の発行済みの全株式を保有していた」ことや、乙の代表取締役辞任後も「ほぼ週5日、原告(※A社)の本店に出勤し、商品仕入れのりん議書の決裁の判断を行うほか、従前のように、新規顧客の開拓等の営業を担当していたこと」などを確認しました。また乙は「自動車用品等の販売に精通しておらず、自動車用品等の販売業界や会社経営についての十分な知識はなかった」ことや「代表取締役就任後も、不定期に出勤し、社長室ではなく、業務の机で仕事をし、担当業務は請求書や売上げ日報の確認、送り状や伝票の整理等であって、営業は行っておらず、銀行取引関係の業務や経理、財務にも関与しておらず、乙が原告の代表取締役を辞任する前に行っていた業務をほとんど何も行っていないこと」なども確認しました。これらの事実関係を踏まえた上で、乙が甲に代わって「原告の経営を任せられている者であるとはいうことはできない。」とし、甲は「原告の代表取締役を辞任した後も、常勤の取締役であって、原告の経営権を握ったまま、実際上は、従前と同様又はそれに近い程度に、従前原告の代表取締役として行っていた業務を行っており、原告の経営の中心となっていたと認めるのが相当である。」としました。また甲は代表取締役を辞任した後、従来の月額平均230万円の報酬を月額100万円に半減していましたが、乙の報酬は月額110万円であり2人の報酬を合計すると月額210万円になることから、東京地裁は単に従前の報酬を妻である乙と分割して受領するつもりであったとしました。

4.結論

東京地裁はその他の事実関係等も総合判断した上で、甲はA社の経営の中心から外れて、非常勤の役員となるというつもりは毛頭なく、A社に多額の益金が発生しそうであったため、退職給与の形で給付を行ったものであると認めるのが相当であるとしました。

以上より甲が平成12年1月25日に原告の代表取締役を辞任したことにより、地位又は職務の内容が激変し、A社を実質的に退職したのと同様の事情にあると認めることはできず、「役員退職慰労金」は、退職の事実がないのに支給された臨時的な給与であるから、法人税法35条4項にいう賞与として取り扱われるべきであり、損金に算入することを認めることはできないと結論付けられました。

5.まとめ

「役員の分掌変更等の場合の退職給与」と言われるこのテーマは、実務において税務当局との「見解の相違」が発生しやすいとされています。その考え方については法人税基本通達9-2-32に解説があります。そこには「役員の分掌変更等の場合の退職給与」が損金として認められる場合として「常勤役員が非常勤役員になったこと。」や「給与が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。」など3パターンの例示が示されています。

しかし本事例からもわかるとおり、これらの例示に当てはまる形式的な事実があったとしても、必ずしも損金として認められるとは限りません。大事なのは「実質的に退職したと同様の事情」が本当に存在するかどうかという点、すなわち専門用語でいえば「事実認定」によって決まってくるというところが大きなポイントになります。「事実認定」は個々の事案ごとに判断するしかないところですから、専門家も踏まえて慎重な検討が必要になります。