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令和3年8月のKPCレポートは、サラリーマンの「副業」による節税策が認められなかった名古屋国税不服審判所令和元年6月14日裁決事例を紹介していきます。
※なおレポート内では「所得税」と「住民税」を合わせて「所得税等」と表記し、数値例については「復興特別所得税」は無視しています。

1.サラリーマン医師として高収入のA氏

A氏は複数の大学等で名誉教授や顧問等を務めるサラリーマン医師でした。A氏は平成26年、平成27年及び平成28年において、複数の学校法人などから毎年1,700万円を超える給与を得ていました。

2.副業としての「執筆」

一方でA氏はいわゆる「副業」として「執筆」を行っていました。しかし毎年の報酬金額は年間100万円未満であり、必要経費を差引くと損失(赤字)となっていました。A氏は「執筆」から生じる「所得」が「事業所得」に該当することを前提に、この損失を「給与所得」と「損益通算(相殺)」し所得税の確定申告をしたところ、原処分庁は「執筆」から生じる所得は「雑所得」に該当するから「損益通算」はできないとして更正処分をしたため争いになりました。

3.10種類の「所得」と「損益通算」

難しい専門用語がいくつか出てきたので、ここで簡単に説明していきます。

まず個人にかかる「所得税」の基本的な仕組みについて最初に解説していきます。「所得税」は「個人」が「所得(≒利益)」を得た場合にかかる税金ですが「どうやってその所得を得たのか」によって、その計算方法などがまるで変ってくるのが特徴です。もう少し詳しく言うと、個人が「所得」を得た場合「どうやってその所得を得たのか」によって10種類の「所得」のいずれかにグルーピングし、そのグループ毎に別々に税額を計算し、最後に合計するようなイメージになるのです。参考までにその10種類を列挙すると、「利子所得」「配当所得」「不動産所得」「事業所得」「給与所得」「退職所得」「山林所得」「譲渡所得」「一時所得」「雑所得」となります。

簡単な一例を示すと、サラリーマンが会社から給料をもらったことにより得た「所得」は「給与所得」にグルーピングされるので15%~55%の超過累進税率で所得税等が課税されるのに対して、銀行預金から生ずる利息によって得た「所得」は「利子所得」にグルーピングされて一律20%の税率で課税されるなど、税率1つとってもグループ毎にその計算方法はまるで違ってくるのです。

次に知っておいていただきたいのが「損益通算」です。「損益通算」とは「所得」がマイナス(=損失(赤字))になるグループが出てきた時に、他のグループのプラスと相殺できるかという議論です。例えば3,000万円の「給与所得」があるサラリーマンB氏が、日本国内の賃貸マンションを買って不動産賃貸業を始めたところ、空室だらけで「不動産所得」が100万円の損失になってしまったとしましょう。この場合、B氏は「給与所得」のプラスと「不動産所得」のマイナスを差引した「3,000万円-100万円=2,900万円」に対して所得税等を払えば良いということになります。このようにグループ毎のプラスとマイナスを相殺することを「損益通算」と言います。もっともこの「損益通算」ができる、すなわちマイナスとなった場合に、他のグループのプラスと「損益通算」ができるのは、基本的に10種類の「所得」のうち「不動産所得」「事業所得」「山林所得」「譲渡所得」の4つに限定されています。この4つ以外のグループでマイナスが出た場合は、他のグループのプラスと「損益通算」することはできないのです。

※同じ「譲渡所得」でも、不動産や株式等の譲渡によるマイナスは、他のグループのプラスと「損益通算」できません。「損益通算」の仕組みは実際には非常に複雑ですので、本レポートではこれ以上の説明は省略します。詳細が気になる人は個別に相談してください。

4.A氏の「執筆」から生ずるマイナスは「損益通算」できるのか

そうなると、ここで重要なことはA氏の「執筆」から生ずる「所得」は10種類のどれにグルーピングされるのかということです。ここで所得税法施行令63十一に「著述業」から生ずる所得は「事業所得」であると明記されています。「著述業」と「執筆」は同義と考えて良いでしょうから、A氏は自身の「執筆」から生ずる所得は「事業所得」であり、これは「損益通算」ができる4つの「所得」の1つですから、「執筆」から生じた「事業所得」のマイナスを「給与所得」のプラスと「損益通算」して確定申告をしたというわけです。ところがそれが原処分庁より頭ごなしに否認されてしまったのです。

5.実は「著述業」というだけでは「事業所得」にならない

ここからは名古屋国税不服審判所の裁決の内容について解説していきます。名古屋国税不服審判所は「事業所得とは、「自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得」(最高裁昭和56年4月24日第二小法廷判決・民集35巻3号672頁参照)をいい、ある所得が当該事業所得に当たるか否かについては、①営利性及び有償性の有無、②反復継続性の有無、③自己の危険と計算においてする企画遂行性の有無、④その者が費やした精神的及び肉体的労力の有無及び程度、⑤人的及び物的設備の有無、⑥その者の職業、経験、社会的地位及び生活状況等を総合的に考慮し、所得税法等の趣旨及び目的に照らし、社会通念によって判断すべきであると解するのが相当である。」と述べました。

専門用語だらけで非常に難しくて読みにくい説明ですので、誤解を恐れず一言で説明します。さらに厳密な理解をしたい人は、個別に相談してください。この名古屋国税不服審判所の見解を一言で言うと、A氏の「執筆」から生ずる「所得」が「事業所得」と認められるには、それで「食べていっている」ような状態でないといけないということです。例えばラーメン店を経営している個人事業主をイメージしてください。そのラーメン店主は1日の大半をラーメン店に常駐し、他の仕事をする時間的・体力的余裕は全くなく、ラーメン店からの収入によってのみ生計を立てている姿を多くの人が思い浮かべるのではないでしょうか。これが「事業所得」のイメージです。

ではA氏の実態はどうでしょうか。医師として年収1,700万円もの収入を得る一方で、「執筆」の収入は100万円にも満たないわけです。仮に何も必要経費がなかったとしても、年収100万円ではとても食べていけないでしょう。しかも平日はほとんど医師として働き、「執筆」は土日に少しやっているという程度であったことは容易に推測できますから「執筆」で「食べていっている」とはとても言えないでしょう。このような状況では「事業所得」とは認められませんよというのが、名古屋国税不服審判所の見解です。

6.ではどれにグルーピングするのか

ではA氏の「執筆業」から生ずる所得が「事業所得」にグルーピングされないとすると、どの「所得」にグルーピングされるのでしょうか。ここで10種類のうちに「雑所得」というグループがあり、その定義は所得税法35①に「利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得及び一時所得のいずれにも該当しない所得をいう。」と定められています。つまり他の9つのグループのどこにもグルーピングされない「所得」が「雑所得」になるということです。名古屋国税不服審判所はA氏の「執筆」から生ずる「所得」は「事業所得」にはグルーピングされないと結論づけたわけですが、かと言って「利子所得」や「山林所得」など他の「所得」にもグルーピングできそうなところは見当たりません。結局、どこにも入るグループがないということになり、そのような場合は「雑所得」にグルーピングされると結論付けたのです。

そしてマイナスが出た時に「損益通算」できるのは「不動産所得」「事業所得」「山林所得」「譲渡所得」の4つだけですから「雑所得」のマイナスは「損益通算」できません。以上よりA氏の「執筆」から生ずるマイナスは「雑所得」のマイナスであり、「給与所得」のプラスと「損益通算」できないということになり、原処分庁の主張が全面的に認められたということになります。

7.サラリーマンの「副業」の多くは「雑所得」になる可能性大

聞くところによると「節税コンサルティング」などと称して、サラリーマンにあえて「副業」をしてマイナスとし「給与所得」によるプラスと「損益通算」する節税策を勧めるセミナーをやっているような、税理士資格も持たないような「(自称)コンサルティング会社」も存在しているようです。しかし名古屋国税不服審判所の裁決事例からもわかるように、このような節税策が認められるためには「副業」から生ずる「所得」が「事業所得」にグルーピングされなくてはならず、そのためにはその「副業」で「食べていっている」ような状態でないと基本的にはいけないということです。一例ですが、サラリーマンであっても出社は週3日の非常勤雇用で、週3日は「副業」をやって、どちらの収入も概ね同じくらいであるような状態であれば「副業」が「事業所得」と認められる余地はあるかもしれません。しかし実際は世の中のサラリーマンがやっている「副業」の多くは、A氏のようにとても「食べていっている」とは言えないような状態でしょうから、その場合は「雑所得」と考えるのが原則ということです。

「そんなことはない。俺の友人のあいつは、ずっとそれをやっている」と思う人もいるかもしれませんが、ほとんどの場合、それは単に運良く税務調査に当たっていないというだけです。言うなれば交通違反を繰り返しているが、たまたま運よく警察に一度も捕まったことがない人のようなものです。それにそもそも所得税の節税策をしたくなるということは、それだけ高収入の有能な人物ということですから、おかしな節税策を考える暇があったら仕事やスキルアップに精を出して、昇進やヘッドハントのチャンスを狙った方がよほど生産的ではないでしょうか。

このようなサラリーマンの「副業」による節税策は全く認められないというわけではありませんが、名古屋国税不服審判所の事例にあるように実際のハードルはかなり高いです。自分の場合は「事業所得」と認められる余地があるかどうかは、専門家である税理士に個別に相談するなどして、慎重に検討するようにしてください。