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令和4年2月のKPCレポートは「相続税の負担が不当に減少する結果となる」としてなされた宗教法人への「贈与税」の決定処分が取り消された令和3年5月20日東京国税不服審判所裁決事例について解説していきます。

1.概要

請求人(以下「A宗教法人」といいます)はいわゆる「お寺」で、昭和28年5月に設立された宗教法人法に基づく宗教法人です。甲氏はA宗教法人の住職の職にあると同時に昭和42年7月から平成28年8月に死亡するまでの間、その代表役員を務めていました。A宗教法人の寺院規則では責任役員3名を置くこととされており、甲氏の他、甲氏の長男(以下「長男」といいます)と、甲氏の親族以外の者の3名が就いていました。また寺院規則には門徒から選定した3名の「総代」を置くこととされており、「総代」は全員が甲氏の親族以外の者でした。

2.甲氏がA宗教法人名義の預金口座に次々と入金

甲氏は平成27年4月、債券(国債)の売却代金19,985,514円、投資信託の解約金9,050,601円の他、定期預金の解約金の一部などを、自身名義の預金口座から、A宗教法人名義の預金口座へ次々と入金しました。その後、甲氏は平成28年8月に死亡しました。

これについて原処分庁は、甲氏がA宗教法人名義の預金口座への入金した行為が現預金の「贈与」にあたり「甲氏の親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となる」として、A宗教法人を個人とみなして「贈与税」の決定処分をしたため争いになりました。

3.「法人」にも「贈与税」が課税されることがある

ここから先の話を本当に正しく理解するためには、相続税法だけでなく、法人税法や所得税法、さらに租税特別措置法について横断的かつ専門的な理解をしている必要があります。このため完全に正確に書こうとすると字数が膨大になってしまいます。本レポートは公認会計士や税理士のような専門家向けではありませんから、一般の方がイメージで理解できるように、細部にこだわらずザックリとした説明をしていきます。本当に正確な理解をしたいという方は個別にご相談ください。

まず少し知識のある人であれば、ここまでの話を聞いて「法人」であるはずのA宗教法人に「贈与税」が課税されたことに強い違和感を感じたかもしれません。確かに「贈与税」というのは基本的に「個人」に課税されるものです。それがなぜ「法人」であるA宗教法人に課税されたのでしょうか。このことについて、できるだけイメージで理解できるように説明していきます。

まずある個人が「お布施」として、どこかの宗教法人に現預金を「贈与」したとしましょう。多くの人がご存じのとおり、宗教法人は「お布施」としてお金をもらっても税金を払う必要はありません。このことを専門的には「収益事業課税」といい、世間一般では「坊主丸儲け」などと言う人もいるかもしれません。一方で贈与をした個人の財産が減りますから、その個人が死亡した時の相続税はもちろん減少します。

ところがこの仕組みは、相続税の「行き過ぎた節税策」に利用される可能性があります。この話を甲氏とA宗教法人に置き換えて考えてみましょう。甲氏はA宗教法人の代表役員として、その意思決定に大きな影響力を持っています。日本を代表するような大きな宗教法人であればともかく、小さな宗教法人であれば代表役員などが自身の地位を利用して宗教法人のいわゆる「私物化」をすることは決して難しいことではないかもしれません。もっとはっきり言うと、甲氏が現預金などの個人資産を次々とA宗教法人に「贈与」して自身の相続税をどんどん減らす一方、代表役員の地位を利用して「私物化」したA宗教法人の資産を自身の個人資産と全く同じように私的流用するということが起こる可能性があるのです。

このような問題意識に対処するために作られたのが「相続税法66条4項」というものです。この「相続税法66条4項」についてザックリと説明します。前述のとおり、宗教法人に個人から贈与があっても、通常であればそれは「お布施」として課税はされないのが原則です。しかし贈与者やその親族が「私物化」した宗教法人を利用した相続税の「行き過ぎた節税策」をしているような場合は、例外的にその宗教法人を「個人」とみなして「贈与税」を課税するというのが「相続税法66条4項」の内容です。この「相続税法66条4項」は宗教法人に限らず、公益財団法人や持分の定めのない医療法人なども適用対象となりうるので、非常に重要な知識となります。

A宗教法人はまさにこの「相続税法66条4項」を根拠として「贈与税」が課税されたのです。つまり税務当局から「私物化」されているとレッテルを貼られたようなものですから、当然に納得がいくわけもなく争いになったというわけです。

4.「私物化」の判定基準

ここで大事なことは、甲氏やその親族(以下「甲氏ら」といいます)が本当にA宗教法人を「私物化」していたと言えるのかということです。「相続税法66条4項」が適用される「私物化」の判定基準は相続税法施行令33条3項に定められており、概ね以下の4つのポイントで判定されることになります。

①その運営組織が適正であり、親族等が役員等の数のうちに占める割合は3分の1以下とする定めがあるかどうか。
②贈与者やその親族などに、財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えていないかどうか。
③解散した場合にその残余財産は国等に帰属する旨の定めがあるかどうか。
④法令違反等がないかどうか。

では上記のポイントに当てはめて、甲氏らがA宗教法人を「私物化」していたと言えるか、国税不服審判所の判断について解説していきます。

5.国税不服審判所の判断

まず1つめの「その運営組織が適正であり、親族等が役員等の数のうちに占める割合は3分の1以下とする定めがあるかどうか」というところについて見て行きましょう。これについて国税不服審判所は「本件寺院規則においては・・・請求人(注:A宗教法人のこと。以下、同じ)の役員等のうち親族関係を有する者及び本件施行令第1号に規定する特殊の関係がある者の数がそれぞれの役員等の数のうちに占める割合をいずれも3分の1とする旨の定めはない」としました。ここはA宗教法人の実際の責任役員3名のうち2名が甲氏と長男であることからも明らかでしょう。しかし一方で「甲氏らによる請求人の業務運営及び財産管理については、請求人の総代が相当程度に監督しているものと認められるほか、甲氏らが私的に業務運営や財産管理を行っていたとまでは認められない」としました。

次に2つめの「贈与者やその親族などに、財産の運用及び事業の運営に関して特別の利益を与えていないかどうか」というところが大きな議論となりました。実はA宗教法人は平成26年に長男の子が居住する建物を敷地内に新築していたのです。税務当局はこれが「特別の利益」にあたるという趣旨の主張をしましたが、国税不服審判所は長男の子は「僧侶として継続的に請求人の業務に従事していたものと認められる。」とし、また「本件建物を建設することについて、総代全員から同意を得ている。」、「(A宗教法人の)業務以外に使用されていたことを示す証拠もない。」などとし、この建物は長男の子が「僧侶としての職務を遂行するに当たり必要な庫裏とみるのが相当」であり「財産を私的に利用したということはできない。」としました。

次に3つめの「解散した場合にその残余財産は国等に帰属する旨の定めがあるかどうか」のところです。実はA宗教法人の寺院規則には、A宗教法人が「解散した際の残余財産について、国等その他の公益を目的とする事業を行う法人に帰属する旨の定めはない。」のです。しかし国税不服審判所は寺院規則によるとA宗教法人が解散するためには「責任役員の定数の全員及び総代並びに門徒の3分の2以上の同意を得た上、管長の承認及びR県知事の認証を受けなければならない旨定めており・・・(甲氏らの)意思のみで恣意的に解散等を行うことは事実上、困難と認められる。」とし、「(甲氏らが)恣意的に請求人を解散し、その財産を私的に支配することができるとはいえない」としました。

以上より「本件施行令の適用はないものの・・・(甲氏らが)請求人の業務、財産の運用及び解散した場合の財産の帰属等を実質上私的に支配している事実は認められない。したがって、本件各資金移動により相続税法第66条第4項に規定する贈与者である・・・(甲氏の)親族等の相続税の負担が不当に減少する結果となるとは認められない。」とし、A宗教法人の主張を全面的に認め、贈与税の決定処分を取り消しました。

6.形式要件だけでなく、実質的判断も重視

この事例の一番のポイントは、相続税法施行令33条3項に形式的に当てはめていくと、A宗教法人は「相続税法66条4項」により贈与税が課税されそうですが、実態として「私物化」が行われていると言えないことから、A宗教法人の主張が認められているというところです。つまり「相続税法66条4項」の判定に当たっては、形式要件も大事ですが、実質的判断も非常に重要になるということを示しているのです。

そうすると形式要件だけで「相続税法66条4項」の適用があると判断することは過度に保守的になる可能性がある一方で、形式要件をクリアできていても実態として「私物化」が行われていれば贈与税の課税対象となる可能性があることを示唆しています。ただ実質的判断のところは判断が難しいケースもあるでしょうから、まずは手堅く形式要件をクリアしつつ、実質的判断で税務当局から「私物化」との主張を受けそうな個別の材料がないかどうかについて、専門家も踏まえて慎重に検討することが重要でしょう。