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※字数を抑えるため、本レポート内では「復興特別所得税」の存在は無視して解説します。

令和4年3月のKPCレポートは会社が株主から自己株式を取得した際に源泉徴収をしなかったため納税告知処分を受け、さらに不納付加算税も賦課決定されたため争いになった平成29年8月2日国税不服審判所裁決事例について紹介していきます。また自己株式を譲渡した個人株主にも総合課税(住民税を合わせて最高55%の税率となる)で所得税等が課税されたため、十分な説明をしなかった税理士に約3,800万円の損害賠償が命じられています。

1.概要

A社は昭和34年7月16日に設立された法人であり、平成25年9月末日現在における代表取締役は甲氏と甲氏の弟の2名でした。A社は平成25年9月30日に甲氏が所有するA社株式を「自己株式」として取得すると同時に、甲氏が所有する不動産(A社が自社の工場及び敷地の用に供している不動産で、従前より甲氏から賃借していたもの)を取得しました。A社は平成25年10月2日、甲氏に対し対価を支払いましたが、その際に源泉徴収をしなかったため、税務当局は源泉所得税の納税告知処分をし、さらに不納付加算税の賦課決定処分をしました。

2.会社が自己株式を取得する場合、原則として源泉徴収が必要

まず会社が自己株式を取得する場合、原則として源泉徴収が必要になるという点を確認してください。通常、他社株式(以下、本レポート内では「(自社以外の)他社が発行している株式」を「自己株式」と明確に区別するため「他社株式」と表記します)を取得しても、対価の支払時に源泉徴収をする必要はありません。しかし「自己株式」を取得した時には、なぜか原則として源泉徴収が必要になるのです。その理由を一言で言うとしたら、税務上は「自己株式の取得(譲渡)」は「配当金の支払(受取)」と同視されるからということになります。なぜこれらが同視されるかということを細かく説明すると際限なく長くなってしまうので、今日のところは単純に「どちらもお金を払う相手が株主であるという共通点を持っているから同視される」とイメージしてください。

このため会社が「自己株式の取得」をすると「配当金の支払」と同じく20%の税率で源泉徴収が必要になるのです(※正確には「みなし配当」の20%になりますが、これも細かく解説すると長くなるので本レポートでは解説を省略します)。源泉徴収を失念すると不納付加算税まで課されてしまうので、実務上は非常に重要なポイントです。

さらに「自己株式の譲渡」をした株主側でも「他社株式の譲渡」をした場合と税務が大きく異なってきます。通常、個人が「他社株式の譲渡」をした場合は「譲渡所得」として分離課税となり20%の税率で所得税等が課税されます。しかし「自己株式の譲渡」をすると原則として「配当所得」として総合課税となり最高55%の税率で課税されてしまうのです。従って「自己株式の譲渡」をした場合は「他社株式の譲渡」をした場合に比べて、個人株主の税負担が著しく重くなる可能性があるのです。

3.本件は例外にあたると主張

このようなルールになっているにもかかわらず、A社は甲氏に「自己株式の取得」の対価を支払う際に源泉徴収をしなかったため、税務当局から源泉所得税の納税告知処分を受けた上、不納付加算税というペナルティまで課せられてしまったのです。これについてA社は国税不服審判所において、本件自己株式取引は源泉徴収が必要ない、いわば「例外」にあたるという趣旨の主張をしました。確かに所得税法施行令第61条第1項第4号では、その「自己株式の取得事由」が「事業の全部の譲受け」である場合は「配当金の支払い」と同視する必要がないとの趣旨の内容が書かれています(従って源泉徴収が必要なく、個人株主の所得税等も20%の税率で計算して良い)。「自己株式の取得事由」が「事業の全部の譲受け」である場合に例外扱いになる理由は「コンメンタール所得税法」に解説がありますが、非常に読みにくいので凄くザックリと解説します。要するに「事業の全部の譲受け」というのは、相手方の「事業=ビジネス」すなわち事業用資産や負債、営業権などあらゆるものを、ドサッと丸ごと引き継ぐような話です。その引き継いだ資産の中にたまたま「自己株式」が混在していても、それは「自己株式」をピンポイントで買うような取引とは異質であるので、通常の「他社株式の取得」と同じ扱いにして良いよと言ったところです。

では本件自己株式取引は本当に「事業の全部の譲受け」に該当するのでしょうか。

4.「事業の全部の譲受け」に該当するか

これについて国税不服審判所は「本件の場合、請求人(※A社、以下同じ)は単に、前代表者(※「甲氏」、以下同じ)が所有する本件自己株式を契約日における評価額を対価として取得しただけにすぎず、請求人が前代表者から事業の全部の譲渡を受け、そのことに基因して、本件自己株式を取得したとは認められない。」とし「請求人が前代表者から本件自己株式を取得する前後において、本件自己株式のほかに前代表者から本件各不動産以外の資産を譲り受けた事実は認められず、また、本件各不動産の貸付けに関する得意先関係等の経済的価値のある事実関係を譲り受けた事実も認められない。そうすると、請求人は、前代表者から本件自己株式及び本件各不動産を取得したが、これらに加えて、経済的価値のある事実関係を譲り受けた事実は認められないから、請求人は、事業を前代表者から譲り受けたとは認められない。」と一刀両断しました。簡単に言うと「事業の全部の譲受け」というのは、相手のビジネス全てを丸ごと引き継ぐようなことを意味するのであって、A社と甲氏が行ったのは単なる株式と不動産の譲渡取引に過ぎないということです。

5.実際は最初から税法不知であった可能性が大

この国税不服審判所の判断は至極真っ当なものであると思いますし、そもそも本件のA氏と甲社の取引を「事業の全部の譲受け」と主張するのは、どう考えてもかなりの無理筋としか思えません。ではA社はなぜそんな無理筋な主張をしたのでしょうか。この疑問点については「自己株式の取得(譲渡)」は「配当金の支払(受取)」と税務上は同視されるということを、A社と甲氏、そして税理士がそもそも知らなかったと考えると一連の流れの辻褄が合うように思えます。まず「事業の全部の譲受け」という言葉は、その定義が明確ではない部分があります。このため「自己株式の取得事由」を「事業の全部の譲受け」に該当すると「決め打ち」して進めることは極めてリスクが高いと言わざるを得ません。もしそれで実行してしまって後から否認されたら源泉徴収の話だけではなく、個人株主に最大で55%の税率で所得税等が課税されることとなり大問題になってしまうからです。従って仮に「もしかすると該当するかもしれない」と考えたら、通常であれば弁護士や所轄税務署に事前相談をするなどして慎重に進めるはずです。ところがA社や甲氏、そして税理士は所轄税務署への事前相談すらやっていませんでした。このような背景を見て行くと実行時には全員が自己株式についての税法不知の状態にあり、所轄税務署の指摘を受けてから慌てて言い訳を考えたため、このような無理筋な主張にならざるを得なかったと考えるのが自然ではないでしょうか。

実際に甲氏は「自己株式の譲渡」については分離課税となり20%の税率で所得税等が課税されるという趣旨の説明を税理士から受けていました。ところが実際には総合課税となり当初予定を大きく上回る所得税等が課税される結果となったことに怒り、税理士に対して損害賠償請求訴訟をおこしてきました。これについては令和3年11月11日に東京地裁は税理士が十分な説明をしなかったとして約3,800万円の賠償責任を認めました。

このように「自己株式の取得(譲渡)」については「他社株式の取得(譲渡)」とはまるで異なる扱いが税務上はなされます。税法は日に日に複雑になっており、このようなトラップのような話が増えていますから、過去に経験のないことをやる場合には複数の専門家に相談するなどして慎重に対応することが重要です。