LINEで送る
LinkedIn にシェア
Pocket

今月のKPCレポートは「不動産取得による相続税対策」が認められなかった「令和4年4月19日最高裁判決」について解説していきます。この最高裁判決はマスコミでも大きな話題になっており、今後は「不動産取得による相続税対策」がほとんど認められなくなるのではないかと懸念する声も出ているようです。なお本レポートは通常月の2倍の分量がありますので6月と7月の合併号ということにしたいと思います。

1.本件の時系列

まず本件の時系列について説明していきます。A氏は北海道札幌市に住む個人です。A氏は平成20年5月13日、三菱UFJ信託銀行に相続・事業承継対策について相談しました。その後、A氏は三菱UFJ信託銀行から6億3,000万円の借入をして平成21年1月30日に東京都杉並区にある不動産(以下「東京不動産」といいます)を8億3,700万円で取得しました。さらにA氏は三菱UFJ信託銀行から3億7,800万円の借入をして、平成21年12月25日に神奈川県川崎市にある不動産(以下「川崎不動産」といいます)を5億5,000万円で取得しました。

その後、平成24年6月にA氏は死去しました。A氏の相続人達は平成25年3月7日に「川崎不動産」を第三者に5億1,500万円で売却し、同月11日に相続税の申告をしました。A氏の相続人達は相続税に関連する「法令」や「国税庁通達」に忠実に従って相続税を計算し申告をしました。

ところが札幌南税務署の税務調査が入り「『東京不動産』及び『川崎不動産』については『国税庁通達』に定められた計算方法ではなく『鑑定評価額』によって評価し相続税を計算するべきである」という趣旨の指摘を受けました。自分達は「国税庁通達」などの「お上の作ったルール」に従って忠実に相続税の計算をしたのに、それを税務署が認めないというわけです。最終的に更正処分がされたため争いになりました。

2.「取得価額」と「通達評価額」が大きく乖離

本件は「国税庁通達」に忠実に従って計算した相続税を税務署自らが否認するという、実に奇妙な話です。詳しく見て行きましょう。

まず本件の大きなポイントとして「東京不動産」と「川崎不動産」の双方の「取得価額(=買った金額)」と、A氏の相続発生時点における「『国税庁通達』に忠実に従って計算された評価額」(以下「通達評価額」といいます)に著しい乖離があったということがあげられます。例えば「東京不動産」については「取得価額」が8億3,700万円であるのに対し「通達評価額」は約2億円と、その4分の1以下でした。また「川崎不動産」についても「取得価額」5億5,000万円に対しその「通達評価額」はたったの1億3,300万円と、こちらもまた4分の1以下だったのです。もちろん「取得価額」は不動産の取得時点の数値であり「通達評価額」はA氏の相続発生時点の数値でありますから、両者の間には2年半から3年半のタイムラグがあります。そうするとこの間に不動産市況が大きく変動した結果、乖離した可能性もゼロではありません。しかし取得時点である平成21年から、A氏の相続発生時点である平成24年というのは、平成20年に発生したリーマンショックから立ち直りつつある時期で、不動産市況は概ね横ばいないしやや上昇という時代でした。少なくとも不動産市況が半値以下に大暴落するような大規模な経済変動はありませんでしたから、この「取得価額」と「通達評価額」の乖離は不動産市況の変動によって発生したものではないと言えるでしょう。つまり「東京不動産」も「川崎不動産」も、最初から「取得価額」と「通達評価額」が大きく乖離しているタイプの不動産であったと考える他はないのです。

ここで「取得価額」と「通達評価額」に乖離があった場合の「相続税」への影響について整理していきます。少し難しいかもしれないので、わからなければ個別に聞くなどしてください。まず「東京不動産」については三菱UFJ信託銀行から6億3,000万円の借入をしていることから「取得価額」8億3,700万円との差額の「8億3,700万円-6億3,000万円=2億700万円」はA氏が手元の現預金から支払ったと考えられます。「川崎不動産」についても三菱UFJ信託銀行から3億7,800万円の借入をしていることから「取得価額」5億5,000万円との差額の「5億5,000万円-3億7,800万円=1億7,200万円」はA氏が手元の現預金から支払ったのでしょう。そうするとこの2回の不動産取得の前後で、A氏の相続財産全体の「通達評価額」は以下のように変化することになります。まず新たに「東京不動産」2億円と「川崎不動産」1億3,300万円が加わると同時に、現預金が「2億700万円+1億7,200万円=3億7,900万円」だけ減少します。さらにマイナスの財産として「三菱UFJ信託銀行への借入金6億3,000万円+3億7,800万円=10億800万円」が加わります。このことを皆さんがイメージしやすいように、2回の不動産取得がなかった場合のA氏の相続財産は現預金12億円のみと仮定して表にまとめると以下のとおりとなります。

(2回の不動産取得の前後でのA氏の相続財産全体の「通達評価額」の変化のイメージ)

項目 2回の不動産取得がなかった場合 不動産取得による増減 実際
現預金 12億円 ▲3億7,900万円 8億2,100万円
東京不動産 2億円 2億円
川崎不動産 1億3,300万円 1億3,300万円
借入金 ▲10億800万円 ▲10億800万円
通達評価額合計 12億円 ▲11億2,600万円 7,400万円

上記の数値例は仮定の数値ではありますが、重要なことはたった2回の不動産取得をしたことによって、それがなかった場合に比べてA氏の相続財産全体の「通達評価額」は激減しているということです。相続税は基本的に「通達評価額」に相続税率(10%~55%)を乗じて計算するイメージになりますから、少なくともこの2回の不動産取得によって、A氏の相続税は数億円単位で減少したことは間違いありません。実際にA氏の相続人達は相続税を0円と計算して申告したのです。

3.総則6項

これに対し札幌南税務署は、たった2回の不動産取得をしただけで相続税が数億円も減少し0になるということを認めたら、他の納税者との公平性が確保できないと考え「東京不動産」と「川崎不動産」については「通達評価額」ではなく「鑑定評価額」で評価をした上で相続税を計算すべきであるとしたのです。ちなみに札幌南税務署の雇った不動産鑑定士の「鑑定評価額」は「東京不動産」についてはは約7億5,400万円、「川崎不動産」については約5億1,900万円でした。いずれも若干の差はあるものの、基本的に「取得価額(「東京不動産」は8億3,700万円、「川崎不動産」は5億5,000万円)」に近い数値ですし、また「川崎不動産」については実際に相続後に5億1,500万円で譲渡(売却)されていることから、不動産鑑定士の「鑑定評価額」におかしな点はないものと考えて良いと思われます。

しかしここで気になる点があります。確かにたった2回の不動産取得をしただけで相続税を数億円も減らしたことは他の納税者の方から見て不公平なのかもしれないし、札幌南税務署に言わせれば「実にけしからん!」ということなのかもしれません。しかし相続税は「通達評価額」に基づいて計算すると決まっているわけですから、A氏の相続人達は何1つルール違反をしていないのです。ルール通りにやっていても税務署長が「実にけしからん!」と思えば、いくらでも好き放題に課税することができるということなのでしょうか。日本は法治国家のはずですが、いつの間にか北朝鮮のような国になってしまったのでしょうか。

ここで皆さんに知っておいていただきたいのが「財産評価基本通達6項」通称「総則6項」というものの存在です。この「総則6項」は「国税庁通達」の1つである「財産評価基本通達」の6項、つまり6番目の条文というわけですが、全文は以下のとおりとなっています。

この「総則6項」は読んで字のごとく、「通達評価額」に基づいて相続税を計算することが著しく不適当な場合は、別の評価方法により相続税を計算しなければならないということを示しています。近年、税務当局はこの「総則6項」を相続税の「租税回避行為=行き過ぎた節税策」の否認の根拠として積極的に適用してきています。本件で言うと「東京不動産」と「川崎不動産」の評価を「通達評価額」によって計算すると、相続税があまりにも少なくなってしまうことなどから「著しく不適当」と札幌南税務署長は判断したということになります。

しかし「総則6項」については何をもって「著しく不適当」と判断するのかという基準が明確でないという問題点も以前から指摘されてきました。にもかかわらず最近は税務当局が次から次へと「総則6項」を使って課税をしてくるので、一部の税法学者などからは税務当局による恣意的な「総則6項」の運用が行われているという趣旨の批判が出ていたのも事実です。この裁判はまさにこの「著しく不適当」の考え方について最高裁で議論されるということで、実務界では大注目の裁判であったというわけです。

4.最高裁の判断

さていよいよ最高裁の判断を見て行きましょう。

まず最高裁は「相続税の課税価格に算入される財産の価額について、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」として「総則6項」の存在そのものは問題ないとしました。その一方で「これを本件各不動産についてみると、本件各通達評価額と本件各鑑定評価額との間には大きなかい離があるということができるものの、このことをもって上記事情があるということはできない。」としているのです。つまり最高裁は「取得価額」及び「鑑定評価額」と「通達評価額」の乖離については「総則6項」適用の理由にはならないとしているのです。

さらに最高裁は「そして、被相続人及び上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入れを企画して実行したというのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。そうすると、本件各不動産の価額について評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことは、本件購入・借入れのような行為をせず、又はすることのできない他の納税者と上告人らとの間に看過し難い不均衡を生じさせ、実質的な租税負担の公平に反するというべきであるから、上記事情があるものということができる。」としました。つまり問題なのはA氏の2回の不動産取得が「相続税の節税目的」であり、その結果(思惑通り)大きく相続税額が激減したことが「著しく不適当」だと言っているのです。

しかしA氏の2回の不動産取得が「相続税の節税目的」であると最高裁はどうしてわかったのでしょうか?この裁判の時にはA氏は既に死去していますから、最高裁に出廷して裁判官と目を合わせることすらしていません。それとも最高裁の裁判官は、A氏の遺影を見たらその生前の心の内がわかるような超能力でも持っているのでしょうか?

この疑問は最高裁判決だけを眺めていても決して理解することができません。この疑問は最高裁の前に行われた国税不服審判所の裁決文を読むことで理解できます。国税不服審判所の裁決文によると「本件被相続人が、上記1の(4)のロの(ハ)及び(チ)の金員の借入れを申し込んだ際に、R銀行の担当者は、それぞれ「貸出稟議書」と題する書面を作成したところ、当該各書面には「採上理由」として相続対策のため不動産購入を計画、購入資金につき借入れの依頼があった旨及び相続対策のため本年1月に不動産購入、前回と同じく相続税対策を目的として収益物件の購入を計画、購入資金につき借入れの依頼があった旨の記載があり、相続人は、上記の金員の借入れを申し込むに際し、R銀行との間で、金員の借入れの目的が、相続税の負担の軽減を目的とした不動産購入の資金調達にあるとの認識を共有していた。」との記載があります。ここでいう「R銀行」とは三菱UFJ信託銀行のことです。つまり税務調査で札幌南税務署の担当官は三菱UFJ信託銀行に反面調査に入り、そこに残されていた稟議書等を確認することによって、この2回の不動産取得が「相続税の節税目的」であることについての証拠を確保していたのです。そして最終的にはこの稟議書等が決め手となり、A氏の2回の不動産取得は「相続税の節税目的」であると最高裁の裁判官にも認められ、最終的には札幌南税務署の主張が全て通ったということになります。

5.これからの実務

裁判の判決というのはあくまでもその事案に関するものであって一般的に適用されるものではありません。しかしこの判決文から最高裁の裁判官の考え方を読み取ることは可能です。これらの内容から私が考えるこれからの実務で注意すべき点などをまとめてみました。

まず「総則6項」の適用の最大のポイントは「相続税の節税目的」で不動産取得をしていることであるということですから、不動産の取得をした結果、大幅に相続税が減少したとしても、その目的が自身の居住目的であったり、インカムゲインやキャピタルゲインを目的とした純粋な不動産投資であれば「総則6項」が適用される可能性は極めて低いということになります。このような場合は、税務調査で不動産取得の経緯を聞かれても、あるがままの事実をそのまま説明すれば何の問題もないでしょう。

問題なのは金融機関や不動産会社に勧められるなどして「相続税の節税目的」で不動産取得をしてしまったようなケースです。自分は税務調査が来ても日本の国会議員に負けないくらい何のためらいもなくウソをつけるし、日本の優秀な官僚とも対等に渡り合えるくらいとぼけた回答ではぐらかすことに自信があると思っている人もいるかもしれません。しかし本件でもわかるように、税務当局は不動産の取得を勧めた金融機関や不動産会社に反面調査に入ることなどができるのです。海千山千の「猛者?」ばかりである不動産会社はどうだかわかりませんが、国税庁と兄弟官庁に当たる金融庁様に全く頭の上がらない日本の金融機関は言われるがままに資料を見せたり、写しをとらせてしまう可能性は極めて高いと言えるでしょう。これらの証拠が押さえられると「相続税の節税目的」で不動産取得をしたという動かぬ証拠となり「総則6項」が適用される方向へ進んでいく可能性があるということになります。

この最高裁判決で勝訴を得たことによって、税務当局はますます積極的に「総則6項」を使ってくることが想定されます。不動産取得の経緯に不安がある方は個別に専門家に相談して善後策を考えることが重要です。あまりにも強い不安を感じるようであれば精神衛生上も良くないですから、不動産市況が崩れる前に不動産を売却してしまうことも1つの手ではないでしょうか。また「相続税の節税」を前面に出したあまりにも露骨なセールストークを受けているようなら、弁護士と相談して、登録免許税や不動産取得税、仲介手数料などの負担を金融機関などに求めても良いかもしれません。また話の内容次第では「ニセ税理士行為」の疑いありとして、国税庁や税理士会に彼らの作った「提案書」などを提出して、こちらも出来れば弁護士と一緒に相談してみるのも良いかもしれませんね。

なお本件と酷似したトラブルが「千葉銀行」提案でも発生していることから、同様の事案が全国的に多数行われていることがわかります。次回のKPCレポートは本件とも比較しながらこの「千葉銀行」事案について解説していきます。