今回のKPCレポートは、債務超過会社に対する貸付債権の相続税評価額が争われた平成30年3月27日東京地裁判決を取り上げていきます。
1 亡父の会社に対する貸付債権を相続
原告であるA氏の亡父は、長野県内の法人の代表取締役を平成12年まで務めていましたが、平成20年2月に他界しました。相続人であるA氏の母とA氏は平成20年12月に亡父の同社に対する約5,738万円の貸付債権を母が取得する旨などを記した遺産分割協議書を作成し、相続税の申告書を提出しました。
その後、平成23年6月に母が亡くなり、A氏が唯一の相続人となりました。A氏は平成24年3月に同社に対する貸付債権が存在しないものとして相続税の申告書を提出ました。しかし、課税庁が同社に照会したところ、同社は母の相続開始時に債権者を亡父とする借入金残高が約5,738万円存在すると回答しました。このため課税庁は、この貸付債権を母の相続財産であったと認定し、更正処分等を行いました。貸付債権の相続税評価額は額面約5,738万円とされました。
2 会社は赤字・債務超過だった
同社の平成17年6月期から平成23年6月期の業績を見ていくと、売上高は平均で約1,905万円、経常利益は平均でマイナス83万円と慢性的な赤字体質になっていました。またこの間の債務超過額は平均6,029万円、負債の金額は平均約7,254万円と、年間売上高を大きく上回る額の債務超過となっていました。また金融機関からの借入金は平均441万円でした。
このためA氏は(貸付債権が存在したとしても)同社は少なくとも平成19年以降は債務超過の状況で、本債権を回収する可能性がないことは明らかであり、本債権の相続税評価は0円ないし民間のコンサルティング会社が算定した約871万円であるなどと主張しました。
3 裁判所の判断
しかし、地裁は母の相続開始時に同社は会社更生手続等の法的な処理が行われていたものではなく、債務超過の状態が続いていたものの、営業を継続していた上、金融機関への返済が遅滞または停止していたなどの事実も認められないと指摘しました。
このため同社が経済的に破たんしていたことが明白で、本債権の回収の見込みがないまたは著しく困難であると確実に認められるものであったとはいえないと判断しました。また、コンサルティング会社が算定した本債権の価額に関する主張は独自の見解であって採用することができないとし、A氏の主張をすべて退けました。
4 債務超過会社に対する貸付債権も、相続税では原則として額面で評価される
相続税では財産評価基本通達により、債務超過会社への貸付債権であっても、原則として額面が相続税評価額とされます。このため実質的には回収可能性がほとんどない貸付債権に、多額の相続税が課税されることがあるという問題は以前より指摘されてきました。
しかしこのような問題を安易な方法で解決しようとすることには大きなリスクが伴います。東京のある税理士法人は、同様の問題を抱える顧客に、貸付債権にかかる相続税を減らす対策を提案し実行させたところ、3億円を超える法人税が増加したということになり、顧客とトラブルになりました。裁判の結果、増加した法人税額全額に相当する約3億3,000万円の損害賠償が命じられるという事故が起きてしまいました。
相続に伴い発生する諸問題については、生前に把握し対策をすることはもちろん重要ですが、法令・通達や実務事例などに関する情報を十分に収集し、慎重に対応する必要があります。