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今回のKPCレポートは、医師が同族会社に支払った高額な不動産賃借料に所得税法157条1項(行為計算否認規定)が適用された平成28年11月29日佐賀地裁判決を紹介していきます。

1 原告である医師は、同族会社が所有する土地建物を賃借して診療所を開設していた

原告である医師は、同族会社が所有する土地建物を賃借して診療所を開設していました。医師が同族会社に支払った賃料は、平成20年分について1240万円、平成21年分及び平成22年分について1260万円でした。

2 税務当局は賃料が「著しく高額」として更正処分

税務当局は、平成20年分から平成22年分までの各所得税の青色確定申告について、医師が支払った賃料は著しく高額であって「所得税の負担を不当に減少させる結果となると認められる」(所得税法157条1項)旨主張して、賃料のうち過大な部分の必要経費算入を否認するなどして事業所得の金額を計算の上、更正処分等をしたため争いとなりました。

3 「適正な賃料」は類似物件を抽出して比準する方法により算出

佐賀地裁は、所得税法157条1項の趣旨に照らすと、同族関係者が、同族会社の所有する不動産を賃借した際の賃料について、所得税法157条1項を適用すべきか否かを判断し、また、適用すべきと判断した場合における適正な賃料を計算するためには、同一又は類似の用途に供されている不動産を賃借している者が、互いに同族会社とその同族関係者という特殊な関係にない者に対して支払う通常の賃料を比準する方法によって、通常人が 支払う標準的な賃料の金額を算出し、これと実際に同族関係者が同族会社に対して支払った賃料を比較検討することが合理的であるとしました。

また、このような類似物件を抽出して比準する方法は、一般的に行われている方法であるから、その類似(比準)物件の選定基準が合理的なものであり、恣意の介在が認められないものであれば、これらの1平方メートル当たりの平均賃料に、対象不動産の面積を乗じた賃料が当該不動産の適正賃料であるということができるとしました。

4 福岡国税局長の類似物件の選定基準は適切といえるか

次に佐賀地裁は福岡国税局長の本件指示において示された本件診療所の類似物件の選定基準について不動産取引における新規家賃の鑑定評価を行う場合における賃貸事例の選定条件を前提に、検討しました。福岡国税局長の選定した類似物件の選定基準は、

基準①(半径500メートル以内)については場所的類似性が高く地域要因が類似していること、同②(事業用)及び同③(一戸建て)については構造・用途が類似していること、同⑤(床面積倍半基準)及び同⑨(評価額倍半基準)については規模や建築費・築年数が類似していることにそれぞれ当たり、同④(非自己使用物件)・同⑥(非又貸し・無償貸付け)・同⑦(非同族会社)及び同⑧(非親族)については、事情補正がない又は補正可能な事例に当たるから、両者はほぼ同様であり、比較可能性の観点から見て適切な条件であるとし、本件指示における選定基準の合理性と同基準に基づく類似物件の具体的抽出過程に照らせば、本件指示による各不動産の各類似物件の抽出の過程には、恣意の介在を窺わせる事情もなく、抽出された類似物件も比準物件として相当なものということができ、類似物件の平均賃料によって算出された各不動産の賃料は適正賃料として正確性が高いものと認めることができるとしました。

5 結論

以上より、本件各不動産の適正賃料は、平成20年分について231万2532円、平成21年分及び平成22年分について231万7632円であるとしました。従って原告が同族会社に支払った賃料が、著しく高額であることは明らかであって、原告の行為は、通常の経済人の行為として極めて不合理であり、原告が同族会社の株主であるという特殊の関係にあったからこそなしえた同族会社の行為であるといわざるを得ず、そのような行為を許した場合には、原告の所得税の負担を不当に減少させる結果となることは明らかであるとし、原告は適正賃料の範囲で必要経費に算入することができるとしました。

同族関係者間での家賃や譲渡価額等の決定は、非常に専門性の高い判断が必要です。法令・通達だけではなく、判例や裁決事例を十分に検討するなどして、慎重に決定する必要があります。