今回のKPCレポートでは、多額の固定資産売却益を計上した事業年度に役員退職金を計上していれば節税ができたとして、原告会社が確定申告業務を受任していた被告税理士法人に対して実際の納税額と役員退職金の計上による節税をした場合の納税額との差額である2,430万円の損害賠償を求めた「東京地裁平成31年1月11日判決」を紹介していきます。
1 概要
原告会社は不動産賃貸業を営んでいました。原告会社の取締役は、A氏と妻の2人で、その役員報酬は月額10万円前後で推移していました。原告会社は平成24年11月期に固定資産売却益約9,000万円を計上したところ、この売却益と相殺するために役員退職金を計上することなどを被告税理士法人に相談しました。これに対し被告税理士法人は、過去の役員報酬の支給実績などを踏まえ、原告会社の希望額を支給すると税務調査を受けて過大役員退職金として否認されるリスクがある旨の説明・助言を行いました。これを踏まえ原告会社は、平成24年11月期での役員退職金の計上を見送りました。
2 「別の税理士」が異なるセカンドオピニオン
ところがA氏が「別の税理士」に意見を求めたところ、被告税理士法人の税務処理に疑問がある、すなわち原告会社の希望する額の役員退職金を支給したとしても、税務上認められたはずであるという趣旨の、いわゆる「セカンドオピニオン」を受けました。この「セカンドオピニオン」を真に受けたA氏は、被告税理士法人には原告会社に対して平成24年11月期に役員退職金の支給を実施して節税するように助言すべき義務があったのにこれを怠ったことが債務不履行に当たると主張し訴訟を提起しました。
3 役員退職金の計上をめぐる当事者の主張
まず原告会社は多額の固定資産売却益を計上した平成24年11月期に原告会社の取締役であるA氏とその妻に役員退職金を支給していれば、原告会社の納税額が2,430万円節税できたと主張。法人税の確定申告業務を受任した被告税理士法人は原告会社に対して、平成24年11月期に役員退職金の支給を実施して、節税するように助言すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったことは債務不履行に当たると主張しました。
これに対して被告税理士法人は、仮に平成24年11月期にA氏が希望する額の役員退職金を支給したとしても、税務調査により大部分が過大役員退職金として否認されるおそれが高かったと主張しました。被告税理士法人は原告会社に対して平成24年11月期に高額な役員退職金を支給した場合の税務上の問題点を十分に説明し、原告会社は自らの判断で平成24年11月期での支給を見送ったため、被告税理士法人に債務不履行はないと主張しました。
4 判決
東京地裁は、役員退職金について租税実務で一般的に使用されている具体的な算定方法として、功績倍率法などを挙げたうえで、原告会社の取締役とその妻の業務実績を踏まえた適正役員報酬額、その勤続年数に照らせば、被告税理士法人の判断は一般的な判断基準に合致し合理的であるとしました。
そして東京地裁は、被告税理士法人は平成24年11月期に役員退職金を支給することの利害得失をわかりやすく説明しており、原告会社もその利害得失を十分に理解したうえで平成24年11月期に高額の役員退職金を支給することを見送る旨を最終的に決定するに至ったと認定しました。以上のような事情を踏まえ地裁は、役員の退職及びその退職時期を決定するのはその会社の役員自身の意思決定に委ねられるべきことに照らせば、被告税理士法人は原告会社が経営上の最終的な意思決定を行うために必要な税務上の情報を十分に提供していたということかができるから、被告税理士法人に債務不履行があるとは認められないと判断しました。
5 異なる専門家が別々の意見を述べた時、どうやって見極めるか
実は本件で議論されているテーマは非常に初歩的なもので、プロの公認会計士や税理士であれば、被告税理士法人の説明・助言が適切で「別の税理士」のいわゆる「セカンドオピニオン」がおかしいということは容易に理解できるところです。しかしこれはプロだからできることであって、税務知識が不足する一般の人には、どちらが正しいかという見極めをすることは至難でしょう。
では税務知識が不足する一般の人が、どの専門家の意見が正しいかを見極める方法はないのでしょうか。いくつかポイントがありますが、公認会計士や税理士から何らかの意見が示された場合、根拠の提示を求めるようにすることが良いでしょう。それは法令や通達でも良いですし、過去の判例や裁決事例でも良いです。もちろん根拠が示されたからといって常に正しいとは限りませんが、今回の「別の税理士」ように明らかにおかしな意見を言っているわけではないということについては担保されます。また資料さえあれば、それを持って第三の税理士に相談に行くか、所轄税務署の担当官に面会を申し込んで意見を求めることもできるでしょう。
次に公認会計士や税理士の視点で述べていくと判断能力が乏しかったり、租税回避志向の強い顧客との契約締結には十分注意する必要があるでしょう。今回はあまりにも初歩的なテーマだったため裁判官も適切な判断ができましたが、旧司法試験において税法は必須科目でも何でもありませんでしたから、大半の裁判官の税務知識は極めて乏しいというのが実態です。わけがわからないまま税理士に異常に不利な判決が出されることも多く、正しくやっていれば裁判所が助けてくれるという甘い考えは持たない方が良いでしょう。