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 今回のKPCレポートは、相続した不動産が「国税庁通達による評価額(以下「相続税評価額」)」を下回る価額で売却された場合の相続税申告について争われた平成22年9月27日裁決事例(以下「本件裁決事例」)を紹介していきます。

1 相続発生とマンションの売却

 平成20年3月29日に死去した被相続人は、東京都内のJR市ヶ谷駅近くのマンションの1室(以下「本件マンション」)を所有していました。「本件マンション」は相続人である甲と乙が相続しました。甲らは国税庁通達に従い「路線価」や「固定資産税評価額」などを用いて「本件マンション」の「相続税評価額」を算定したところ43,810,958円となりました。甲らはA不動産販売の仲介により、平成20年9月27日、本件マンションを「相続税評価額」を下回る38,000,000円で売却する旨の不動産売買契約を締結しました。

2 更正の請求

 甲らは法定申告期限(平成21年1月29日)までに、「本件マンション」の評価額を「相続税評価額」である43,810,958円と計算した相続税の申告書を提出しました。その後、甲らは、平成21年2月26日に「本件マンション」の評価額を、売却価額38,000,000円を相続発生日(平成20年3月29日)に時点修正した38,957,441円とすべき旨の「更正の請求」をしましたが、原処分庁は、平成21年5月22日付で「更正をすべき理由がない旨の各通知処分」をしたため争いになりました。

3 国税不服審判所の判断

 甲らは「売却価額38,000,000円は、売却時における『本件マンション』の適正な時価であり、当該価額を基に時点修正を行った価額38,957,441円が『本件マンション』の相続開始日現在の価額である」などと主張しました。
 これに対して国税不服審判所は「本件マンション」は「耐震構造等が現行の建築関係法令に合致したものではない」ことや「外国人向けに造られた、いわゆる1LDKの間取りの建物であり、日本人にはマッチしない造りであって、土足仕様であることから特に床の傷みがひどかった」こと「本件買受人は、購入後480万円を負担して水回りを中心として床、壁等のリフォーム工事を行ったなどの、種々の固有の事情が認められる」ことなどを指摘した上で、「A不動産販売による価格の査定、同社との媒介契約の状況及び本件売買契約に至るまでの経緯やその状況等からすれば、本件マンションの売却価額38,000,000円は、これらの事情を十分考慮した上で決定された価額であると認められる。」としました。また「請求人らの売申込により売却したことが、例えばいわゆる売り急ぎに該当し、これを理由としてその売却価額が下落したといえる事情に該当するとも認められず、また、請求人らと本件買受人と間に親族等の特別な関係が認められない」などの事情から「その売却価額に恣意的な要素が入る余地はなく、本件マンションの売却価額は売却時における本件マンションの適正な時価を反映しているものと認められる。」とし「本件マンションの売却価額を基に時点修正を行って本件マンションの相続開始日の時価を算定することには合理性があると認められる。」としました。
 その上で時点修正の方法としては甲らが主張する「主要都市の高度利用地地価動向報告」ではなく「東京圏の市区の対前年変動率」を採用する方法が相当であるとするなどとしたものの、本件相続開始日における「本件マンション」の時価を39,748,953円とし甲らの主張を大筋で認めました。

4 平成4年4月付国税庁事務連絡

 平成4年4月付で国税庁が出している「路線価等に基づく評価額が「時価」を上回った場合の対応等について」(以下「本件事務連絡」)の中では、相続した不動産が「相続税評価額」を下回る価額で売却された場合、売却価額を時点修正した価額での相続税申告が認められる可能性があることが明記されています。だからと言って常に認められるというわけではありません。どのような場合に認められるかは「本件事務連絡」や「本件裁決事例」の中で示されていますが、大まかに言うと「売り急ぎの有無の検証」や「精通者(不動産鑑定士等)への意見聴取」などに基づいて検証した結果、売却価額が「時価」として適切である場合に認められるということになります。つまり個々の事案毎に、全くのケースバイケースということになります。
 また「本件事務連絡」が発された平成4年4月はバブルが大きく崩壊し始めた時期であり「本件裁決事例」ではリーマンショック真っただ中の平成20年9月27日に売却されている点にも注目してください。これは不況による不動産価額の下落局面では、相続した不動産が「相続税評価額」を下回る価額で売却されるというケースが多く発生することを示しています。つまり、これからコロナショックによる不況がさらに深刻化し、不動産価額が大規模な下落局面に入れば「本件裁決事例」と類似の事案が増加していくと考えられます。
 今後、実際に相続した不動産が「相続税評価額」を下回る価額で売却された場合「本件事務連絡」の取り扱いを受けられるかどうか十分に調べることが重要です。これは国税庁や国税不服審判所が認めていることですから、簡単にあきらめたりせず、必要ならばしっかりと主張しましょう。