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令和3年2月のKPCレポートは、非居住者から国内にある不動産を取得した者が源泉徴収をしなかったため、原処分庁が源泉徴収に係る所得税等(以下「源泉所得税等」といいます)の納税告知処分並びに不納付加算税の賦課決定処分をしたため争いになった平成30年4月4日東京国税不服審判所裁決事例を紹介していきます。

1 経緯

A社は、甲氏が所有する日本国内の不動産を平成27年10月30日に1億1,000万円で取得しました。これに対して原処分庁は、A社は本件代金等の支払の際、源泉徴収義務を負うにも関わらずこれを徴収せず、法定納期限までに国へ納付しなかったとして、源泉所得税等の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をしたため争いになりました。

2 不動産の売主が非居住者の場合、買主には原則として源泉徴収義務がある

まず非居住者から日本国内の不動産を買う場合、原則としてその金額の百分の十(復興特別所得税別)の源泉所得税等を徴収し国に納付しなければならないということを、頭に入れてください。本件でいえば、売主である甲氏はオーストラリア連邦に居住しており所得税法上の非居住者であったことから、買主であるA社には源泉徴収義務があります。にもかかわらず、A社は甲氏が非居住者であることに気がつかず、これをやっていなかったため問題が発生したのです。

これに対してA社は「本件譲渡人への本人確認は、本件各不動産の売買の際に、宅地建物取引業者が国内に住所があることを確認しており、本件売買契約書や手付金の領収書記載の本件譲渡人の住所も国内であった。不動産取引において、非居住者の事実を示す書類の提出が義務付けされていない以上、非居住者の判定は相当に困難であるといわざるを得ない。」とした上で「租税法律主義における法的安定性と予測可能性からすれば、請求人が支払の際に、本件譲渡人が非居住者であったと判定できなかった場合にまで、本件各条項の適用を求めることは相当でない。」などと主張しました。言い換えれば「そんなこと言われても、売主が非居住者だなんてわからなかったのだから、源泉徴収していなくても仕方ないじゃないか」と言うわけです。

実はこれは実務上ありがちなところです。非居住者の日本人には、いわゆる「富裕層」の人も多く、日本にセカンドハウスなどを持っているということも珍しくありません。しかし日本での不動産取引なのだから、とりあえず不動産売買契約書などには日本のセカンドハウスなどの住所を書いておくということは実は多く行われています。また不動産売買というのは、その場限りの見ず知らずの者同士で行われることも多いため、売主が実は非居住者であることを買主が知らないまま、不動産取引が行われてしまうという事態は十分に想定されるのです。

3 国税不服審判所の判断

これに対して国税不服審判所は本件各不動産の売買においては「売買に関する書類が複数取り交わされているところ、請求人が保存するこれらの書類に記載された本件譲渡人の住所表記は、同一となっていないものの、本件覚書及び本件各登記簿には、本件譲渡人の住所としてオーストラリア連邦の住所が記載されている。」と指摘した上で「請求人は、本件譲渡人のオーストラリア連邦の住所について、本件覚書の作成時や本件代金等の支払時に本件譲渡人に対して住所等に関する問合せを行うなど、非居住者か否か確認する方法があったにもかかわらず、これらの確認を行っていない。そうすると、本件譲渡人が非居住者か否かの判定について、結局は確認を怠った請求人自身に責任があるといわざるを得ない」などとし、原処分庁の主張を全面的に認めました。言い換えれば「売主が非居住者だとわからなかったのはA社の不注意が原因なのだから、そんな言い訳は通用しないよ」というわけです。

4 それでも源泉徴収は買主の責任

本件の場合、買主であるA社は、譲渡対価1億1,000万円から源泉所得税等1,100万円(数値例については復興特別所得税は無視。以下同じ)を源泉徴収して税務署に納付し、売主である甲氏には9,900万円だけを支払わなくてはならなかったのです。にもかかわらずA社は甲氏が非居住者であることに気がつかず、源泉徴収をすることなく1億1,000万円全額を甲氏に払ってしまったということが問題なのです。しかしここで是非とも皆さんに知っておいていただきたいのは、源泉徴収はあくまでも買主であるA社の責任であるということです。つまり「源泉所得税等は本来は甲氏が負担するものだから、税務署は甲氏から直接取り立ててくれ」という言い訳ができないのです。A社が源泉所得税等1,100万円を納付しなければ、税務署としては無理やりにでもA社から1,100万円を取り立てることになります。そして税務署に支払った1,100万円は、突き詰めればA社が甲氏に払い過ぎたお金だから、A社としては甲氏から返金してもらうしかないということになってしまいます。甲氏とすぐに連絡がついて1,100万円をもらいすぎていたことに納得し返金してくれれば、まだ良いでしょう。ところが現実には売主が外国に住んでいると簡単に連絡がつかなかったり、理由を示すことなく返金を拒否するケースも当然に考えられます。裁判をすればA社は勝てるのかもしれませんが、仮に日本の裁判所で勝訴したとしても、外国にある売主の個人財産を差し押さえたりするというのは、手続きなども考えると相当に大変です。また返金が受けられたとしても、不納付加算税といったペナルティの負担は避けられません。

このように源泉徴収をし損なうと買主にとって大きな負担になる可能性があります。税理士や宅地建物取引士のような専門家が関与している場合、買主から責任追及されることも当然に考えられます。特に不動産取引は金額が高額になりがちですから、源泉所得税等が何千万円、場合によっては何億円になることも十分に起こりえます。不動産取引に際しては、売主と良くコミュニケーションをとり、登記簿を確認するなどして、万が一にも非居住者に該当しないか、細心の注意を払う必要があるといえます。