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令和3年6月のKPCレポートは、日本有数の製薬会社である株式会社塩野義製薬(以下「塩野義製薬」)が、外国子会社への現物出資の課税関係を巡り税務当局と争った令和2年3月11日東京地裁判決、いわゆる「塩野義製薬事件」について解説していきます。なお今回は新型コロナウイルスワクチンで有名なPfizer Inc(=ファイザー、以下「ファイザー」)の名前も出てきます。
※なおKPCレポートは通常は「A社」「B社」など仮名にて作成していますが、今回は登場する会社が世界的にも知名度の高い大企業ばかりであること、既に新聞報道等により具体的な会社名が実質的に公知となっていること、「塩野義製薬」の勝訴が既に確定していることから、今回は特別に実名にて作成しました。

1.欧米の製薬会社をビジネスパートナーに

「塩野義製薬」は欧米先進国で需要が高い脳梗塞薬、抗アルツハイマー薬及び抗HIV薬などについて新薬の開発を進めていました。しかし海外における新薬の開発を行うための人材・ノウハウを有しておらず、また海外における医薬品販売事業を行う拠点もなく、海外において新薬承認申請を行ったことがありませんでした。そのためこれらの新薬の開発を進めるために、欧米の製薬会社と組む必要があると考え、世界的にも有名な英国の製薬会社であるGlaxoSmithKline plc(=グラクソ・スミスクライン、以下「GSK」)」をビジネスパートナーとして選び、平成13年から英国領ケイマン諸島(以下「ケイマン」)の「特例有限責任パートナーシップ」による事業体(以下「CILP」)を通じたビジネスを共同で開始しました。「特例有限責任パートナーシップ」とは日本には存在しない事業体ですが、判決文では「我が国の組合に類似した法人格のない事業体であり、法人税法上の法人には該当しないものである。」とあることから、日本でいうところの「民法上の組合」に近いとイメージしてください。

問題となる現物出資が行われる直前において「塩野義製薬」はこのCILPの持分(以下「CILP持分」)の49.99%を所有し、また「塩野義製薬」が100%出資する米国所在の子会社が0.01%を所有していました。また残りの「CILP」持分はGSKとファイザーの共同出資会社の完全子会社が49.99%、さらにそのまた完全子会社が0.01%を所有していました。

2.大阪国税局へ事前照会していたのに更正処分

「塩野義製薬」は平成24年頃から、別の外国会社を買収したことなどにより、このビジネスの枠組みの変更を検討するようになっていました。その結果「塩野義製薬」は自社の所有する「CILP持分」を、自身が100%出資する英国所在の子会社(以下「英国完全子会社」)へ「現物出資」することにしました。

この「現物出資」の法人税法上の課税関係について簡単に解説します。まず「塩野義製薬」が「CILP持分」を「現物出資」すれば、原則としてそれは時価による「譲渡(売却)」が行われたものとされます。つまり「現物出資」した資産の「時価」と「帳簿価額」の差額すなわち「含み益」に課税されるのが原則で、これを専門用語で「非適格現物出資」と言います。しかしながら一定要件を満たす「現物出資」については、特例として「含み益」への課税がされないことがあります。このような「現物出資」を専門用語で「適格現物出資」と言います。この「塩野義製薬」が所有する「CILP持分」の「含み益」は400億円近くに上っており、この「現物出資」が「適格現物出資」と認められるかは「塩野義製薬」にとって大変大きな問題でした。

ではどのような要件を満たした場合に「適格現物出資」と認められるのでしょうか。「適格現物出資」の要件は極めて複雑ですので、ここで詳細な説明をすることは困難です。とりあえず皆さんは「100%親子会社間の現物出資は原則として『適格現物出資』になる」とザックリとイメージしてください。そして「塩野義製薬」が「CILP持分」を「現物出資」しようとしている先は、100%子会社である「英国完全子会社」ですから、普通に考えれば「適格現物出資」として認められるということになります。

しかし事はそう簡単ではありませんでした。実は法人税法では「100%親子会社間の現物出資」であっても「外国法人に国内にある資産又は負債として政令で定める資産又は負債の移転を行うもの」は「適格現物出資」から除かれるという定めがあるのです。この定めは、国内にある含み益のある資産を外国法人に移転することでその「含み益」に対する課税が行われなくなることを規制し、我が国の課税権を確保しようとする趣旨で規定されたものです。「塩野義製薬」が「現物出資」しようとしている「英国完全子会社」は明らかに「外国法人」です。そうなるとケイマンにある「CILP持分」が「国内にある資産」であれば「非適格現物出資」として課税され「国内にある資産」でなければ「適格現物出資」と認められて課税されないということになります。しかし不動産のように目に見えるものであればともかく「CILP持分」というのは目に見えない権利のようなものです。このような資産が「国内にある」のか「国内にない」のかということはどのように判断したら良いのでしょうか。これは税法において非常に良く起こることですが、いくら法令や通達を隅々まで読んでも、いくら過去の判例や裁決事例を調べても、この疑問についてのはっきりとした結論は出ないのです。しかも前述のとおり「CILP持分」の「含み益」は400億円近くありましたから「非適格現物出資」か「現物出資」かで数十億円もの税額が違ってきます。「塩野義製薬」の経営者にとって「現物出資」をすることは既に決定していたとしてもどちらになるかは非常に重要です。もし「非適格現物出資」になるのであれば多額の納税資金が必要になりますから、銀行借り入れが必要になったり、予定していた設備投資を先送りするなどの意思決定が必要になるかもしれません。何が何でも「適格現物出資」として認められたいというよりは、どちらになるかを事前に理解しておくことが経営者にとっては重要なのです。

ここで「塩野義製薬」は平成24年10月15日、大阪国税局調査第一部調査総括課長宛ての同日付け「ケイマンパートナーシップ再編に関する税務上の取扱いについて」と題する書面を提出し、本件現物出資が「適格現物出資」に該当するか否かについての照会をしました。そして回答が来る前の平成24年10月31日に「現物出資」は実行されました。そして平成24年11月19日、大阪国税局調査第一部調査総括課長及び同課課長補佐は、本件現物出資は「適格現物出資」に該当する旨を口頭で伝えました。
このため「塩野義製薬」は、本件現物出資が「適格現物出資」に該当するとして確定申告をしたところ、東税務署長から本件現物出資が「適格現物出資」に該当しないことなどを理由に更正処分を受けました。事前に大阪国税局に照会をしていたのもかかわらず「適格現物出資」と認められなかったばかりか、過少申告加算税などのペナルティまで課されたのです。これはいくら何でも納得ができないということで争いになったのです。
 

3.「CILP持分」は「国内にある資産」なのか

裁判では「CILP持分」は「国内にある資産」なのかが争点になりました。

これについて東京地裁は法人税法施行令4条の3第9項(当時。現行では第10項)で「国内にある資産又は負債」とは「国内にある不動産、国内にある不動産の上に存する権利、鉱業法の規定による鉱業権及び採石法の規定による採石権その他国内にある事業所に属する資産又は負債」と定められていることを確認しました。そして法人税基本通達1-4-12で「国内にある事業所に属する資産」に該当するか否かは「原則として、当該資産が国内にある事業所又は国外にある事業所のいずれの事業所の帳簿に記帳されているかにより判定するが、実質的に国内にある事業所において経常的な管理が行われていたと認められる資産については、国内にある事業所に属する資産に該当することになる」旨が定められていることを確認しました。その上で「この法人税基本通達が示す判断基準は、まず、その資産の経常的な管理がどの事業所において行われていたかを判定し、その判定に当たっては当該資産が当該事業所の帳簿に記帳されていたか否かを重要な考慮要素とし、次いで、その判定の結果当該資産の経常的な管理が行われていたと認められる事業所が国内にある事業所に当たるか否かを判定し、それが肯定された場合に「国内にある事業所に属する資産」に該当すると認める旨をいう趣旨に理解することが可能である。このように理解される判断基準は、前記法令の趣旨に鑑みて、合理性を有するものということができ、本件においても、基本的にこの基準に沿って検討するのが相当である。」としました。

そして「パートナーがCILPの事業に参加する目的は、その出資に由来する事業用財産の運用により利益を得ることであり、パートナーとしての契約上の地位は、その運用のための手段と位置付けられるものであるから、CILPのパートナーシップ持分の価値の源泉はCILPの事業用財産の共有持分にあるということができ・・・本件CILP持分を1個の資産とみた場合のその経常的な管理が行われていた事業所は、CILPの事業用財産、中でもその主要なものの経常的な管理が行われていた事業所とみるのが相当である。」として、CILPの事業用財産の経常的な管理が行われていた場所が「CILP持分」の場所であるとしました。

そしてCILPの事業用財産は「現金」や「治験データ等の無形資産」などで構成されているとし「現金は、米国で開設された・・・預金口座に入金され」ていたことや、治験データはGSK等側の「データベースに保管され、原告(※塩野義製薬)には同データベースへのアクセス権が付与されていなかった」ことなどから「CILPの事業用財産のうち主要なものの経常的な管理」は「米国その他の我が国以外の地域に有する事業所において行われていたということができる」としました。

以上より「CILPの事業用財産のうち主要なものの経常的な管理が行われていた事業所は、前記のとおり、米国その他の我が国以外の地域に所在していたから、当該事業所が原告の国内にある事業所に当たるとはいえない。」と結論付けました。そして「以上のとおり、本件現物出資の対象財産であった本件CILP持分は、その主たる構成要素であるCILPの事業用財産(の共有持分)のうち主要なものの経常的な管理が国内にある事業所ではない事業所において行われていたということができるから、「国内にある事業所に属する資産」には該当しないというべきである。したがって、本件現物出資は、適格現物出資に該当するものと認められる。」とし「塩野義製薬」の主張がほぼ全面的に認められました。

その後、税務当局側は東京高裁に控訴しましたが、令和3年4月14日、東京高裁も東京地裁の原判決を是認し控訴を棄却しました。税務当局側は最高裁への上告をせず「塩野義製薬」の勝訴が確定しました。

4.まとめ

本件は「CILP持分」が「国内にある資産」かどうかという極めて曖昧ではっきりとした答えが明確でないテーマで争いになった点が特徴的ですが、税法が複雑になるにつれてこのような話はますます増加しています。しかも税務当局に事前照会していても、それは最初から「参考意見程度」であって(※裁判内で税務当局側は「本件照会担当者らが最終的な回答を行うことはできないと明示的に判断を留保した上で、本件照会担当者らがその場で一応の感触を示したにすぎないから、公式の見解の表示に当たるものではない。」と説明)、最終的な税務当局側の見解でも何でもないということも明らかになった事案とも言えます。

複雑で巨額な金額が動く取引を実行する場合には専門家も含めて事前に十分に検討し、想定外の否認を受けた場合にどのくらいのダメージを受けるかということまで十分に頭に入れて経営判断するしかないということでしょう。

以上