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令和3年7月のKPCレポートは、上場株式等に係る譲渡損失の額について、個人が取引を外国の証券会社への売委託により行っていたため繰越控除が認められなかった京都地裁平成27年7月3日判決について紹介していきます。

1.事案の概要

甲氏は日本国内に住所を有する個人です。甲氏は平成23年中に、米国に本店を置くA証券会社への売委託により行った上場株式等の譲渡により、約176万円の損失を生じました。甲氏は本件損失について、租税特別措置法37条の12の2の「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例」により繰越控除ができることを前提として、平成23年分に係る所得税の確定申告書を提出しました。

2.上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除の特例

ここで「上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除」の特例について、簡単に解説します。名前からすると難しそうですが、この特例は個人の株式投資家の間ではかなり幅広く知られています。簡単に言うと個人が上場株式等に投資をして1年間のトータルで譲渡損失が発生した場合(=マイナスになってしまった場合)、まずその譲渡損失と上場株式等からの配当所得の「損益通算(=相殺)」ができるのです。さらに配当所得と相殺しても、なおマイナスが残っていた場合、翌年以後3年間に発生した上場株式等から得た譲渡益及び配当所得の額とも「損益通算」できるのです。所得税法上は、このように翌年以後の譲渡益や配当所得と「損益通算」することを「繰越控除」と言います。

上場株式等への投資は、その年の景気の動向などにも大きく左右されますから、勝ったり負けたりというのが実際のところでしょう。従ってこのような特例の存在は、個人の株式投資家にとっては実にありがたい話と言って良いでしょう。

3.外国の証券会社への売委託では認められない

ところがこの特例には、あまり知られていない要件があります。それは特例を受けられるのは「金融商品取引法第2条第9項に規定する金融商品取引業者や、同法第2条第11項に規定する登録金融機関‥への売委託により行う上場株式等の譲渡」に限定されるということです。ザックリと言うと、日本政府に登録した日本の証券会社等を通した取引で発生した譲渡損失でないと、この特例は受けられないということです。外資系証券会社であっても、日本政府に登録のある日本法人などであれば日本の証券会社等として扱われるのですが、甲氏が委託していたA証券会社は完全に外国の証券会社であり、日本政府への登録などをしていませんでした。

このため伏見税務署長は、平成24年11月28日付けで、A証券会社への売委託により生じた上場株式等の譲渡損失の金額について本件特例の適用がなく、翌年以後に繰り越すことができないなどとして、更正処分をしたため争いになりました。

4.なぜ外国の証券会社への売委託だと特例が受けられないのか

確かに法律でそのように決まっていると言われれば、その通りなのかもしれませんが、上場株式等への投資を、どこの証券会社に委託したかによって所得税額が変わるというのは強い違和感のあるところです。なぜ、このようなルールが存在するのでしょうか。

実際に甲氏は訴訟の中で、このようなルールが存在すること自体が憲法違反であると主張しました。これに対し京都地裁は「租税法の定立については、基本的には、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量判断を尊重せざるを得ないから、租税法の分野における課税対象等の取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することができず、これを憲法14条1項の規定に違反するものということはできないと解される」と述べました。簡単に言うと、裁判所は法律を作る場所ではなくて、法律に沿っているかどうかを判断するところであるから、極端に異常な法律でない限り、法律そのものを否定することができないといったところでしょう。裁判所の立場から言えば当然ということになるかと思われます。

そして京都地裁はこの法律の趣旨として「その趣旨は、主として、上記のとおり、本件特例対象業者には支払調書の作成及び税務署長への提出が義務付けられている(所得税法225条)ため、納税者が申告した株式等の譲渡による所得又は損失について、納税者及び本件特例対象業者の双方から確認することが可能となることから、これによって適正・公平な課税を実現する点にあるものと解される。」としました。これについて解説すると、まず日本の証券会社等は顧客との取引情報について「支払調書」という形で、全て国税当局に報告することが義務付けられています。つまり国税当局から見ると、日本の証券会社等を通した個人の株式投資等についてはガラス張りのようなもので、全ての情報を容易に手に入れることができるのです。これに対して外国の証券会社は日本の法律の埒外に存在していますから、当然に「支払調書」を出す義務がありません。そうすると外国の証券会社を通した株式投資等については国税当局に十分な情報が入らず、脱税などを見逃してしまう危険性も高いでしょう。だから国税当局としては日本の証券会社等に有利になるようなルールを作り、できるだけ多くの個人が外国の証券会社ではなく、日本の証券会社等を通して株式投資等することを推奨しているといったところでしょうか。以上より京都地裁は「上記繰越控除制度の適用を本件特例対象業者への売委託により行う上場株式等の譲渡等に限定すること(租税特別措置法37条の12の2第2項1号)は、上記立法目的のうち、特に適正・公平な課税を実現することに資するものであって、当該立法目的とのとの(ママ)関連で著しく不合理であることが明らかであるとはいえない。」とし、伏見税務署長の主張を全面的に認めました。なお大阪高裁と最高裁においても、A氏の主張が認められることはなく、国税当局側が全面勝訴しました。

5.結局は、日本の証券会社等を過度に保護するためのルールとしか思えない

一見、もっともらしい理屈のように聞こえますが、果たして本当にそうでしょうか。確かに「支払調書」が義務付けられていない、外国の証券会社を通した個人の株式投資等については国税当局に十分な情報が入りませんから、脱税などを見逃してしまう危険性が高いのかもしれません。しかし本気で脱税をする気になっている人が、本件特例が受けられるということを知ったくらいで、脱税をやめて真面目に日本の証券会社等を通して取引をするように心変わりするでしょうか。私はそんなことくらいで、脱税をすると決意している人間が考え方を変えるとはとても思えません。「支払調書」と本件特例を結びつける理屈には、明らかに大きな論理の飛躍があると思えてなりません。

結局のところ、役人の天下りを大量に受け入れている日本の証券会社等を過度に保護するため、もっともらしい屁理屈をつけて、外国の証券会社が不利になるようなルールを作ったというのが実際のところではないでしょうか。しかし「悪法も法」とは良く言ったものです。このような法律が存在する以上は、それに従うしかないのも現実です。時に税法の世界には極めて理不尽なルールも存在するのです。