令和4年1月のKPCレポートは「物言う株主」として著名な元通産官僚(以下「M氏」といいます)が「国外支配株主等」に該当するとして、ある法人に「過少資本税制」が適用された令和2年9月3日東京地裁判決を紹介していきます。
1.「物言う株主」として著名な元通産官僚M氏
M氏は通産省(当時)に勤務していましたが、平成11年7月末に退職し、コンサルティングを目的とする株式会社等を設立し起業しました。この事業は投資家から出資を受けた財産をできるだけ増加させることを目的としており、M氏が全体の戦略を組み立て、具体的な投資対象を選定した上、投資対象とされた企業に対し、当該企業の経営に関する具体的な提案を行っていました。この事業で大成功したM氏は「物言う株主」として、経済界では知らぬ者がいないほど著名になりました。
しかしM氏は証券取引法違反の罪により平成18年6月に起訴され、平成23年6月6日に有罪判決が確定しました。M氏は平成23年7月4日、住所地を東京都渋谷区からシンガポール共和国に移転し、同月5日以降、非居住者となりました。
2.東証一部上場企業J社の買収とM氏の排斥
しかし税務当局から更正処分をされたのはM氏個人ではなく、ある日本の法人(以下「A社」といいます)です。A社は内国法人(「日本の会社」という意味と理解してください。以下同じ)で、もともとM氏とその親族のみが株主であるB社が3分の2を、M氏と血縁関係のないビジネスパートナー達が株主であるC社が3分の1を出資していました。
このような背景の中、平成21年にA社に大きなビジネスチャンスが到来しました。東証一部上場のマンションデベロッパーであるJ社の経営がリーマンショックの影響等から破綻し、平成21年6月16日に会社更生手続を開始する旨の決定を受けたのです。A社はこのJ社の買収に乗り出し、平成21年11月2日スポンサー契約を締結することに成功しました。そして平成22年5月31日、本件更生計画は認可され、同計画は同年9月29日に確定しました。
ところが証券取引法違反の罪で起訴されていたM氏がJ社の債権者と直接接触したことなどから、東京地裁はM氏のA社への関与を完全に排斥しなければA社をスポンサーとして認めないとする趣旨の意向を示すようになりました。そこでA社は平成22年12月20日にB社が保有するA社株式を自己株式として取得をし、M氏との資本関係を完全に断ち切りました。
3.M氏個人からの多額の借入と更正処分
しかし一方でA社はM氏が100%出資するD社から多額の借入を行っていました。平成23年5月末日現在の借入金残高は合計151億3,800万円と巨額で、年利率は5%でした。ところがD社から一括返済を求められたため、A社はM氏個人から164億円の借入をすることで平成23年7月までに完済しました。M氏からの借入れの年利率は14.5%と高く、A社は支払利息として平成23年11月期に約9億8,969万円、平成24年11月期に約6億3,138万円をM氏に支払いました。
ところがA社に税務調査が入り「過少資本税制」の適用があるから、M氏への支払利息の一部が損金にならないとして更正処分を受けてしまったのです。「過少資本税制」とは一体どのような仕組みなのでしょうか?またどうして支払利息の一部が損金にならないのでしょうか?
4.「過少資本税制」とは
「過少資本税制」とは多くの人が聞きなれない税制だと思いますので、簡単にポイントだけをザックリと説明します。まずある1人の非居住者のみが出資者である内国法人をイメージしてください。この非居住者である出資者が、この内国法人に追加でお金を出す時に「貸付金」とするか「出資」とするか考えているとします。これについて「出資」としてお金を出してしまうと、出資者への還元は「配当金」になるわけですが「支払配当金」はこの内国法人で損金になりません。ところが「貸付金」の形をとると、出資者への還元は「利息」になりますから「支払利息」は内国法人で損金となり法人税等負担を減少させることができます。もし出資者が居住者であれば「受取利息」に所得税等を課税することができますから、内国法人の法人税等負担が減っても、出資者側で所得税等をとれば良いということになります。しかし出資者が非居住者であると、日本政府には源泉所得税しか入らず、トータルで入る税金の額が大きく減ってしまうことが考えられます。それどころか、その出資者が居住している国が「受取利息」に全く税金がかからないような国であることも想定できます。そのように考えていくと、出資者は「貸付金」でお金を出すことで、「出資」でお金を出す場合よりもトータルの税負担を大きく減らす「行き過ぎた節税策=租税回避行為」が可能になってしまうというのが日本の税務当局の問題意識です。そしてこのような「行き過ぎた節税策=租税回避行為」を防ぐために作られた仕組みが「過少資本税制」です。もう少し具体的に言うと「借入金(出資者から見れば貸付金)」が「出資」の3倍を超える場合、内国法人で「借入金」のうちその3倍を超える部分から発生する「支払利息」が損金に算入できなくなるというイメージです。「過少資本税制」は「出資者」が非居住者である場合だけでなく「外国法人(外国の会社という意味と理解してください)」である場合にも適用されます。
5.「国外支配株主等」とは
しかしながら「過少資本税制」は全ての非居住者や外国法人に支払う「支払利息」について適用されるわけではありません。「過少資本税制」はあくまでもお金を出すときに「出資」とするか「貸付金(内国法人から見れば借入金)」とするかを任意に決められるような出資者、いわゆる「オーナー株主」だけをターゲットとしているとイメージしてください。金融機関などの「貸付金(内国法人から見れば借入金)」にまで適用する趣旨ではないのです。従って租税特別措置法では「過少資本税制」のターゲットを「国外支配株主等」、いわゆる「オーナー株主」に限定しています。そしてこの「国外支配株主等」の具体的な定義については租税特別措置法66条の5第4項1号に「非居住者・・・又は外国法人・・・で,内国法人との間に,当該非居住者等が当該内国法人の発行済株式又は出資・・・の総数又は総額の100分の50以上の数又は金額の株式又は出資を直接又は間接に保有する関係その他の政令で定める特殊の関係のあるもの」と定められています。簡単に言うと「内国法人の発行済み株式50%以上を有している」か「(内国法人を実効支配していると認められるような)政令で定める特殊の関係」のある非居住者や外国法人だけが「国外支配株主等」に該当するということです。
6.M氏は「国外支配株主等」なのか
さてここでM氏とA社の話に戻りましょう。確かにM氏は非居住者であり、かつA社への「貸付金」は164億円と巨額です。しかしそもそも論として、M氏は「国外支配株主等」に該当するのでしょうか?M氏は前述のようにJ社買収に際して、平成22年12月20日にA社から資本関係を断ち切られており、多額の「貸付金」が発生したのはその後の平成23年7月です。つまりM氏のA社への「貸付金」が発生した時期において、M氏は既にA社株式を直接にも間接にも1株も持っていなかったのです。しかしM氏は「国外支配株主等」と認定され、A社には「過少資本税制」が適用されました。これはどういうことなのでしょうか。
ここで問題となったのは先ほどの租税特別措置法66条の5第4項1号後段の「その他の政令で定める特殊の関係」のところです。この部分についての定めは租税措置法施行令39条の13第11項3号にありますが、難しいのでイメージだけザックリと説明します。例えばA社がその事業活動の相当部分をM氏との取引に依存して行っていたり、A社がその事業活動に必要とされる資金の相当部分をM氏からの借入れにより調達しており、その結果としてM氏がA社の事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係にあるようであれば、M氏がA社株式を直接にも間接にも1株も持っていなくても「国外支配株主等」に該当するとされているのです。ここで注意してもらいたいのは、A社がM氏から多額の借入れをしていたからと言ってすぐにM氏が「国外支配株主等」とされるわけではなく、多額の借入れをしていることによって(いわばM氏に「弱み」を握られたことで)、結果的にM氏が「オーナー株主」のようになってしまっている(いわばA社がM氏の言いなりになってしまっている)ような事実が確認できた場合にのみ「国外支配株主等」となるということです。
7.東京地裁の判断
そしてM氏とA社に「その他の政令で定める特殊の関係」があるかどうかについて、東京地裁は以下のように認定しました。まず「本件借入れの総額は合計164億円にも及ぶもの」であり「本件借入れは,原告(注:A社、以下同じ)の事業資金の調達において極めて大きな比重を占めていた」ことを確認しました。さらに「原告がE(※M氏、以下同じ)から借り入れる資金の使途についてEの事前の承認を得なければならないものとする本件事前承認条項が定められていた」ことから「Eが本件借入れに係る借入金の使途の事前承認を通じて原告の事業の方針につき実質的に決定することは十分に可能な状態であったといえる。」としました。さらに他の事情として、以下の趣旨の内容が指摘されました。
・J社買収に際して資本関係を断ち切られるまでは、M氏がA社を実質的に支配していたこと。
・資本関係を断ち切られた後も、D社からの貸付けを通じて、A社はM氏の影響力から逃れられていないこと。
・A社の唯一の株主になったC社も、M氏のビジネスパートナー達が株主となっており、またその出資の資金を彼らに提供したのはM氏であること。
・そもそもD社からの借入金をM氏個人に借り換えたのは、年利率を5%から14.5%に引き上げることで、J社株式の転売でA社に発生すると想定された巨額の譲渡益に対する税負担を減らすことが目的と推認されること。
・資本関係を断ち切られた後のA社の他の買収案件について、M氏が同席し積極的に発言をしたり、A社の証券会社への発注業務の多くをM氏が行っていたこと。
以上より東京地裁は「原告の投資事業や株式取引事業の運営においても,Eが重要な影響力を行使していたことが認められる。」とし、M氏は「原告との資本関係を有しなくなった後も,事業資金の調達(h社借入れ)やaファンドの関係者であるFらとの人的なつながりを通じて,原告に対する影響力を依然として有していたものであるところ,本件更生計画に基づく原告のn社への出資における履行方法の選択や,本件管財人により出資の条件の一つとされた本件n社株譲渡を実施することによる譲渡益その他の原告が得る利益についての税負担の軽減を図るための一連の措置(t社の出資持分の購入及び売却,h社借入れの返済及び本件借入れ)は,いずれもEの主導により行われたものであって,そのほか原告の投資事業(投資先企業であるq社及びr社に対する株主としての立場からの助言や提案等)及び株式取引事業(s証券を通じた株式の売買)の運営や,原告の役員人事等の重要事項の決定についてもEが重要な影響力を行使していたものと認められるから,これに上記イのとおり本件借入れが原告の事業資金の調達において極めて大きな比重を占めること等をも併せ考慮すると,Eは原告の事業の方針の全部又は一部につき実質的に決定できる関係(事業方針決定関係)を有していたものと優に認めることができる。」とし、M氏は「国外支配株主等」に該当するものとし、更正処分は適法であると結論付けました。
8.やや強引な「国外支配株主等」の判断
「過少資本税制」において「国外支配株主等」に該当するかは「発行済み株式数の50%」を持っているか持っていないかという、いわば「形式基準」で決定されることが基本となります。ところが本件では、A社株式を直接にも間接にも1株も持っていないM氏を、いわば「実質基準」で「国外支配株主等」に該当すると認定したわけです。このように「形式基準」と「実質基準」が設けられている税法は他にも存在しますが、「形式基準」と異なり「実質基準」というのは判断基準が曖昧で恣意性が入りやすいことから、その判断は極めて慎重かつ保守的に(言うなればA社に有利なように)行われるべきです。
しかし本件については、その判断がやや強引なようにも思えます。例えばA社の唯一の株主であるC社は、M氏のビジネスパートナー達が株主となっていることが指摘されていますが、人間関係とは基本的に不安定なものです。実際にビジネスパートナーの1人であった税理士とM氏の人間関係はその後に破綻し、訴訟問題に発展しています。またA社の他の買収案件にM氏が同席していたとしても、大きなお金の動くM&Aでは、M&A専門家や弁護士、公認会計士などが交渉の場に同席することはさほど珍しいことでもありません。これら事実をM氏の「国外支配株主等」の「実質基準」の判断の材料としているのは、やや論理の飛躍があるようにも思えます。
いずれにしてもA社としては受け入れがたい判決のように思えますので、控訴審にも注目したいところです。