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令和5年2月のKPCレポートは「第二次納税義務」を巡り税務当局が逆転敗訴した令和3年12月9日東京高裁判決を紹介していきます。

1.「第二次納税義務」とは何か

最初に「第二次納税義務」について簡単に説明していきます。この言葉はかなり専門的で、聞きなれない人も多いのではないでしょうか。簡単に言うと「誰かが税金を払えない状態に陥ってしまった場合、他の誰かが代わりにその税金を納めることになる制度」のことです。自分の税金だけでもあまり払いたくないのに、他人の税金まで払えと言われたらたまったものではないと思った人も少なくないのではないでしょうか。もちろん「第二次納税義務」は国税徴収法に定められた要件(ザックリ11パターン)に当てはまらなければ出てこない話ですから、滅多にお目にかかるものではありません。しかしこれから景気が悪くなって税金が払えなくなる個人や会社がたくさん出てくるようだと「第二次納税義務」を巡るトラブルも増えていく可能性があります。

2.本件の概要

次に本件の概要を見て行きます。

甲社は平成8年10月21日に設立された酒類の製造及び販売等を目的とする株式会社でした。しかし甲社は平成25年頃には経営が著しく悪化するようになり、新潟県再生支援協議会(以下「協議会」といいます)に相談しました。この「協議会」というのも聞きなれないかもしれませんが、経営が悪化して借入金が返済しきれなくなっている会社と金融機関の「仲裁」をするような公的機関とイメージしてください。もちろん弁護士や公認会計士、税理士などの専門家もついています。

本件についても「協議会」が間に入る形で「仲裁」が進んでいきました。まず甲社の取締役であり、甲社の連帯保証人でもあったAとBが個人所有の不動産を売却するなどして合計約3,000万円を用意し、それを甲社の金融機関借入金の返済に充当することになりました。このことはAとBが甲社の金融機関借入金を立て替えて返済するようなものですから、法的には「求償権」と言って、この立て替えた約3,000万円をAとBは甲社に請求する権利を持つことになります。しかしこの「求償権」についてAとBは債権放棄する一方で、金融機関は甲社への債権の一部を放棄することで話がまとまりました。要するにAとBが私財を投じて甲社の借入金の穴埋めをすることで経営責任を明確にし、その一方で金融機関も債権放棄に応じることで甲社を存続させようということになったと理解しておけば良いでしょう。

ところがここで大きな問題が起きました。関東信越国税局が甲社に「第二次納税義務」があるとして、AとBが滞納していた相続税及び所得税など約3,000万円の告知処分をしたのです。甲社としてはようやく存続への道筋が見えてきたところに、AとBの約3,000万円もの税金を代わりに払えと言われたのではたまったものではありません。このため甲社は納得せず争いになったのです。

3.なぜ甲社に「第二次納税義務」

最初に甲社に「第二次納税義務」があるとする関東信越国税局の言い分を見て行きましょう。関東信越国税局が主張したのは国税徴収法39条に定められた「無償又は著しい低額の譲受人等の第二次納税義務」というものです。ここは非常に難しいのでポイントだけザックリと説明します。細かい説明を全て省くので、きちんと理解したい方は個別に聞いてください。最大のポイントはAとBが甲社に対する約3,000万円の「求償権」を放棄したことです。この事実について「求償権」の放棄をしなければAとBに甲社から約3,000万円がいずれ入ってきて、それを相続税及び所得税などの納付に充当できたはずなのに、放棄をしたことでそれが出来なくなったと理解することも確かにできなくはありません。このような場合、AとBが「求償権」を放棄したことで「(約3,000万円を支払う必要がなくなったという)利益」を得た甲社が、一定要件を満たした場合はAとBの代わりに所得税及び相続税などを代わりに払うことになるというのが国税徴収法39条に定められた「第二次納税義務」のイメージなのです。

しかし実際にはAとBが「求償権」を放棄しなければ甲社は金融機関から債権放棄をしてもらえず、経営破綻してしまったことはほぼ確実です。そうなればAとBの「求償権」は全額回収不能になることは間違いありません。つまり全体を俯瞰すれば「求償権」を放棄しようがしまいが、AとBがこの約3,000万円を回収することはないのです。このような状況などから、甲社は自身に「第二次納税義務」はないという趣旨の主張をしました。

4.甲社が東京高裁で逆転勝訴

この争いについての判決について結論だけを見て行きましょう。東京地裁は「原告が支払能力を欠き、本件各求償債権の全部が回収不能であったとは認めることができず、その一部が回収不能であったことを認めるに足りる証拠もない。」などとして、関東信越国税局の主張を全面的に認める判決を出しました。ところが東京高裁は一転して「本件各債務免除の時における本件各求償債権の価額が0円を超えるとは認められず、本件各債務免除により控訴人の受けた利益は現に存しないというほかないから、その余の点について判断するまでもなく、本件各債務免除は徴収法39条の要件を満たすものではなく、本件各告知処分は違法であって、取消しを免れない。」などとして甲社の主張を全面的に認めて、地裁と180度真逆の判決を出したのです。

5.税務はあくまでも法令によって判断される

結局、東京高裁では甲社の主張が認められたわけですが、ここで重要なことは「何が本当の正解か」ということよりも、地裁と高裁で判断が完全に分かれたということです。つまり甲社に「第二次納税義務」があるかどうかは、裁判官によっても見解が分かれるような実に微妙なラインにあったということです。一応、甲社が高裁で勝ったため、このまま勝ち切る可能性が高いですが、別の裁判官であれば敗訴していても全くおかしくなかった事案であると私は考えます。

一方で本件の一連の流れは企業再生の実務では典型的なものであり、決して特殊なやり方をやっているわけではありません。そして過去に本件と同じ流れで企業再生をやって「第二次納税義務」について問題になった事案というのは、あまり聞いたことがないというのが実際のところではないでしょうか。しかし税務というのはあくまでも法令に沿って判断されるものです。過去に問題となっていないテーマでも、法令を熟読すると課税できるとも読めるような場合は要注意です。実際に平成30年4月のKPCレポートで解説した「マンション転売業者の消費税」というテーマにおいては、消費税法創設以来全く課税されてこなかったものについて、突如として税務当局が豹変し一斉に課税処分をしたという事案について解説しています。こちらについてはまだ最高裁で争っているのですが、法令を良く読むとどうも課税するのが正しいのではないかということで、ここまでは税務当局が圧倒的に有利な状況になっています。この他にも税務当局がこれまであまり関心を持っていなかったテーマについて、税制改正があったわけでもないのに突然に課税を始めるケースが最近増えているように思えます。

このようなことから過去に問題が起きていなくても法令を必ず確認して、顧客に自身の見解を説明したり、不安感が強いようであれば事前に所轄税務署に確認に行くなどの配慮が今後はますます重要になるでしょう。