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令和5年3月のKPCレポートは「非居住者」に支払った「給与」や「役員報酬」(以下、これらを総称して「給与等」といいます)についての「源泉所得税」及び「復興特別所得税」(以下総称して「源泉所得税等」といいます)の「源泉徴収」に係る平成24年5月10日国税不服審判所裁決事例について見て行きます。

なおいつものようにKPCレポートは「正確性」よりも「わかりやすさ」を優先するため、細かな点についての正確な説明を省いている部分などがあります。このため実際の実務にここで得た知識を当てはめる場合などは、必ず個別に専門家に相談するなどしてください。

1.本件の概要

甲氏は平成21年6月にA社の取締役に就任しました。取締役就任時点で甲氏はシンガポールに住所を有しており、所得税法上の「非居住者」に該当していました。また甲氏は取締役と兼務して「海外営業本部長」などの「使用人」としての職制を有していました。

A社は、甲氏に支払った「給与等」について「源泉徴収」をしていなかったところ、税務調査が行われ「源泉所得税」の納税告知処分及び「不納付加算税」の賦課決定処分が行われたため争いになったのです。 

2.「非居住者」と「源泉徴収」

まず最初に「非居住者」に何らかの支払をする場合は「源泉徴収」をしなければならないケースが非常に多いということを頭に入れてください。税務に苦手意識の強い人などは、今から「『非居住者』にお金を支払う場合は原則として『源泉徴収』が必要になる」と声に出して3回くらい言っても良いかもしれません。もちろん実際には全ての支払について「源泉徴収」が必要というわけではありませんが、ミスを避けるためにはこれくらいの感覚を持っておいても行き過ぎということはないと私は思います。

次に「非居住者」に「給与等」を支払った場合の「源泉徴収」について見て行きます。ここでは「(役員ではない)従業員」(以下「使用人」といいます)と「(取締役などの)役員」(以下「役員」といいます)とで別々の考え方によるところに特に注目してください。

まず「非居住者」である「使用人」に「給与等」を支払う場合、「源泉徴収」の対象となるのは基本的に「国内において行う勤務に基因するもの」だけです。少しわかりにくいところなので数値例を示します。例えば「非居住者」である「使用人」に1か月分の「給与等」として30万円を支払うとします。このうち「国内において行う勤務に基因するもの」については、単純にその月の会社の営業日数に占めるその「使用人」の国内勤務日数で日割して計算するとします。そしてその月の会社の営業日数が21日で、その「使用人」の国内勤務日数は7日間(※国外勤務日数が14日間)であったとすると「給与」のうち「国内において行う勤務に基因するもの」は30万円の21分の7(=3分の1)である10万円となります。「源泉所得税等」は一律20.42%の税率で課税されますから「10万円×20.42%=20,420円」が「源泉徴収」する金額ということになります。

これに対して「非居住者」である「役員」に「給与等」を支払った場合は、全く考え方が異なってきます。「役員」については、その勤務が国内・国外のいずれであったかを問わず、その「給与等」の全額について「源泉徴収」が必要となるのが原則です。仮に「非居住者」である「役員」に1カ月分の「給与等」として100万円を支払うとすると、その「役員」がその月は全て国外での勤務に従事していたことが明らかであったとしても100万円全額に対して「源泉徴収」が必要になるのです。税率については「使用人」と同じく一律20.42%ですので「100万円×20.42%=204,200円」を「源泉徴収」することとなるのです。

3.一定の要件を満たし「源泉徴収」は不要と確信

上記の「非居住者」に「給与等」を支払った場合の「源泉徴収」の考え方についてはややわかりにくい部分があるものの、A社のように海外進出しているような会社ではいわば「常識」にあたる範疇の知識です。にもかかわらずなぜA社は「役員」である甲氏に支払う「給与等」について「源泉徴収」を全くやっていなかったのでしょうか。ここが税法の実にいやらしいところなのですが、一定要件を満たした場合に「源泉徴収」はしなくても良いという、いわば「例外」が存在し、甲氏はそれに当てはまるとA社は考えたのです。具体的にいうと「役員」の国外での勤務が「使用人として常時勤務を行なう場合」であれば「源泉徴収」は「使用人」と同じく「国内において行う勤務に基因するもの」についてだけで良いという「例外」です。そしてA社は、甲氏は「使用人」である「海外営業本部長」などとして国外で常時勤務しているのだから、この「例外」に当てはまるため「源泉徴収」は全く必要ないと考えたのです。

4.結論

最後に国税不服審判所の判断を見て行きます。国税不服審判所はA社が甲氏に支払った「給与等」について「国内において行う勤務に基因するもの」と「それ以外」(以下「国外において行う勤務に基因するもの」といいます)に分けて整理を進めるという方式をとりました。

そしてまず「国内において行う勤務に基因するもの」については、「・・・本件役員報酬等のうち、別表3の各月の国内滞在日数に係る部分について、国内源泉所得として源泉所得税を徴収しなければならない。」としました。前述の「例外」について仮に要件を満たしていたとしても「源泉徴収」をしなくて良くなるのは「給与等」のうち「国外において行う勤務に基因するもの」だけです。甲氏は国内で行われていた取締役会に出席するなどしており、それに対する「給与等」は「国内において行う勤務に基因するもの」に該当し、それは前述の「例外」の要件を満たしているかいないかに関係なく「源泉徴収」の対象となると国税不服審判所は結論づけたのです。ここはA社の完全な勘違いと言って良いところであり、税理士の責任が問われてもおかしくないところでしょう。

問題なのは「国外において行う勤務に基因するもの」で、こちらは非常に微妙な判断になります。これについて国税不服審判所は「・・・(A氏は)海外営業本部長等としての職制上の地位を有しているところ、上記イの(ニ)から(ヘ)までのとおり、海外営業本部が社長の直下の組織であるという組織上の位置づけ及び海外営業本部の役割、職務分掌内容からすると、海外営業本部は、○○地域における営業業務の中枢機能の役割を果たすための部署であったと認められ、その長であるL取締役(※甲氏のこと、以下同じ)は、海外営業本部長等の職制上の地位を有するものの、その立場は、上記Cとも併せて考えると、単なる使用人としての職責を大きく超えており、実質的には、請求人の企業経営に関わる重要な立場であったと認めるのが相当であり、これは、常勤取締役就任後のL取締役の本件役員報酬等の月額が、上記イの(ヌ)の常勤取締役就任前の請求人の執行役員であったときの月俸○○○○円の2倍を超える額となっていることからも推認できる。」などとしました。要するに確かに甲氏は「海外営業本部長」などの「使用人」としての職制を有して国外で勤務をしているものの、その「海外営業本部」などの仕事の重要性や甲氏の責任の重さ、報酬の高さなどを総合勘案すると「使用人」として常時勤務しているとはとても言えず、実態としては「役員」として勤務していると解するのが相当であるから「例外」の要件は満たしておらず「源泉徴収」は必要と判断したというわけです。

5.まとめ

甲氏が「国外において行う勤務」が「使用人」の仕事と言えるか「役員」としての仕事と言えるかというところは実に微妙なところで、審判官(あるいは裁判官)や専門家によっても判断が異なるところではないかと私は思います。このように判断が微妙な論点がある場合は事前に税理士と十分に整理し、どうしても判断に迷う場合は所轄税務署に事前相談に行くなどの対応が重要でしょう。