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令和5年5月のKPCレポートは、ある会社が借入を行うために支出した「アレンジメント・フィー」について「支出の効果がその支出の日以後1年以上に及ぶもの」として「資産計上」したところ、税務当局から「損金算入」すべきであるとして更正処分を受けたため争いになった令和3年4月27日福岡国税不服審判所裁決事例について紹介していきます。
※本レポート内では「会計上の利益」と「法人税法上の課税所得」を区別せず「黒字」と、そして「会計上の損失」と「法人税法上の欠損金額」を区別せず「赤字」と表記します。このレポートは公認会計士や税理士のような専門家向けではありませんので、一般の人に少しでもわかりやすくするためにこのようにさせていただきました。

1.そもそも奇妙な話

まず法人税について一定の知識がある人の中には、上記の概要を読んで「ん?逆じゃないの?」と思った人もいるかもしれません。法人税の税務調査において、この「損金計上」か「資産計上」かを巡るトラブルは、実に多く起きているのですが、その構図は会社側が「損金計上」を、税務当局側が「資産計上」を主張するという図式になることが一般的です。最初にどうしてそのような図式になるのかを見て行きます。

まず「損金計上」とはある支出を、支出した期の経費でそのまま落とすことであり、「資産計上」とは複数年に分けて経費で落とすことと大まかにイメージしてください。具体的な数値例で見て行きます。例えばある会社が100万円の支出をしたとし、この支出を「損金計上」とするのか「資産計上」とするのかを決める前の段階で、この会社の「黒字」が1,000万円であったとします。そしてこの会社がこの100万円の支出を「損金計上」する場合は、法人税等の税率を単純に一律30%と仮定すると、その税負担は基本的に「黒字の30%」となりますから「(1,000万円-100万円)×30%=270万円」となります。一方でこの100万円を「資産計上」して、5年間で5分の1ずつ経費で落とす場合、この会社の税負担は「(1,000万円-100万円÷5)×30%=294万円」となり、「損金計上」の場合に比べて「294万円-270万円=24万円」だけ支出した期の税負担が増えることとなります。

もちろん「資産計上」しても、翌期以後で少しずつ経費で落とすことができるので、5年間トータルで見れば、結果的に税負担は変わらないのかもしれません。しかし優れた経営者ほど「キャッシュフロー」には神経質な傾向があるため、目先の税負担を軽減して手元現預金を増やすために「損金計上」を強く望むことがあります。また税務当局の調査官もとりあえず今すぐに税金を追加で納めさせることが自身の成績になるため「資産計上」させようと頑張ることがあります。どちらにすべきかの理論上の考え方としては「支出の効果が一瞬で終わるようなもの」は「損金計上」、「支出の効果が1年以上の中長期に及ぶようなもの」は「資産計上」というイメージでとらえてもらえば良いでしょう。具体的な判断基準も法人税関係の法令・通達で一応は示されていますが、実務ではどっちつかずの支出も多数存在するため、税務調査でトラブルになりやすいテーマとして良く知られているのです。

しかし本件は会社側が「資産計上」を主張する一方で、税務当局側が「損金計上」を主張して争いになっているというのです。通常と争いの構図が、逆パターンになっているというのがこの話の最も奇妙な点ですが、一体なぜこのようなことが起きるのでしょうか。

2.本件の背景

次に本件の背景を見て行きましょう。A社は非鉄金属製造業を営み「青色申告」をしている会社です。もともとA社の株主は4つの法人でしたが、平成27年8月31日に全株主が、所有するA社株式全てを売却する契約を締結しました。この時のA社株式の買主である会社をSPC社とします。SPC社はA社株式取得のための資金を借入金によって調達することとし、合計38億7,000万円の資金を借入れることに成功しました。その際に、SPC社は借入契約締結の各種アレンジメント等をした報酬として、ある金融機関に1億3,410万円の「アレンジメント・フィー」を支払ったのです。この「アレンジメント・フィー」という言葉も聞きなれない人が多いかもしれませんが、簡単に言うと借入をするにあたって、お金を貸してくれそうな銀行を探したり、できるだけ有利な契約になるよう交渉をサポートしてくれるような仕事に対する報酬と大まかにイメージしてください。不動産売買やM&Aの仲介報酬に何となく似たようなものと考えても良いかもしれません。

そしてSPC社は支出した「アレンジメント・フィー」について「損金計上」ではなく「資産計上」をしたのです。SPC社が「資産計上」が適切と考えた理由の説明は少し難しいですが、概ね以下のとおりです。まずSPC社は「アレンジメント・フィー」を支払って適切なサポートを受けたことによって借入が実現し、結果としてA社株式全て取得することができたと結論づけました。そしてその結果、今後はSPC社が選んだ(これまでの経営者よりも)優れた経営者に経営が委ねられることなどにより、A社には「中長期的な収益増加」がもたらされると考えたのです。このことを一括りにして整理すると、「アレンジメント・フィー」の支出が、間接的にA社の「中長期的な収益増加」に寄与するから「アレンジメント・フィー」は「支出の効果が1年以上の中長期に及ぶ」ものであるため、「資産計上」が適切であると考えたということのようです。もっともらしいような、よくわからないような理屈ではありますが、前述のとおり一般論として税務当局は「資産計上」を好む傾向にあります。何が本当に理論的に正しいかということはさておき、迷った場合は税務当局とのトラブル回避を念頭に置いた保守的な選択をする会社も多く存在していますから、一見、安全牌を選んだようにも見えますが、実際にはこれが逆にトラブルを引き起こすことになるのです。

3.SPC社とA社が合併

ここからがだんだんと難しくなります。

実はSPC社はA社株式の全てを取得した直後に、A社に(逆さまに)吸収合併されて消滅してしまうのです。つまりSPC社は最初からA社株式を取得するための「箱」のような存在で、取得の結果、全ての役割を終えたのでA社に吸収合併されてしまったと考えれば良いでしょう。だったら「どうして最初からA社で取得しないの?」などと素朴な疑問を持ってしまいそうですが、そこまで話し出すと長くなるので、この話についてはこの辺にしておきましょう。

まとめるとSPC社は1つの短い事業年度の中で1億3,410万円の「アレンジメント・フィー」を払ってまで約38億円もの借入を実現し、そのお金でA社株式の全てを取得して、一息ついたと思ったら、即座にA社に吸収合併されて消滅するという、短い一生を終えたわけです。そうするとこの事業年度内でSPC社は特に売上を得るような営業活動をする間もなかったでしょうから、この事業年度の決算は「アレンジメント・フィー」やわずかな諸経費を支出しただけで終わったと想定できます。仮に諸経費がトータルで100万円であったとすると、売上0円、諸経費100万円で、トータル100万円の「赤字」(※「アレンジメント・フィー」は「資産計上」のため損益に影響せず)のようなシンプルな決算となり、そのままA社に吸収合併されてしまったものと考えられます。

ではSPC社で「資産計上」された「アレンジメント・フィー」はその後、どうなるのでしょうか。ここも専門性が高いため詳しい説明は省きますが、SPC社とA社の合併は法人税法上の「適格合併」になります。「適格合併」の場合「資産計上」された「アレンジメント・フィー」はA社にそっくりそのまま引き継がれ、A社で数年間に渡り経費として落とされることになります。

ところがここでA社に税務調査が入り、この「アレンジメント・フィー」はSPC社の支出時に「損金計上」すべきものであるから、A社の経費で落とすことはできないとして更正処分を受けたため争いになったのです。

4.どちらでも結果的に同じにならないのか

ここでまた少し知識のある人の中には「ん?SPC社で『損金計上』しても『繰越欠損金』としてA社に引き継がれるだけだから、結果としてA社の税負担は変わらないのでは?」と思った方もいるかもしれません。それについて解説していきます。

先ほどの数値例を前提にSPC社で支出時に「アレンジメント・フィー」を「損金計上」した場合について考えてみましょう。そうするとSPC社の決算は売上0円、諸経費100万円、「アレンジメント・フィー」1億3,410万円で、トータル「100万円+1億3,410万円=1億3,510万円」の「赤字」となります。そしてこのSPC社の「赤字」は「適格合併」によってA社に引きつがれて、A社の「黒字」と損益通算できるのではないかと、直感的には考えてしまいそうです。

しかしそもそも論として会社の「赤字」を翌期以後の「黒字」と損益通算するには「青色申告」をしていることが大前提となります。ところがどういうわけかSPC社は「青色申告」をしていなかった、つまり「白色申告」の会社であったため、最初からダメだったということだったのです。ではSPC社が「青色申告」をしていたらどうかというと、これでもやっぱりダメなのです。ザックリ言うと「適格合併」をした場合に「赤字」をそのまま引き継ぐためには「買収から合併まで『5年+α』のタイムラグがある」か、「みなし共同事業要件」つまりSPC社とA社が似たようなビジネスをしているなどの要件を満たしていないといけません。しかしSPC社は5年どころかA社株式取得直後に吸収合併されていますし、A社は「非鉄金属製造業」であるのに対し、SPC社の事業は強いて言うなら「投資業」みたいなものですから、似ても似つかぬビジネスをしています。そう考えるとSPC社が「青色申告」をしていたとしても「赤字」をA社に引継ぐことは認められないということになります。

しかしSPC社で「アレンジメント・フィー」を「資産計上」すれば、「適格合併」によってA社に引き継がれ、A社で複数年かけて経費で落とせることになります。つまり本件に限っていうと「アレンジメント・フィー」をSPC社で「資産計上」すれば、最終的にA社の経費で落とせることとなり税負担が軽くなるというわけです。逆に言うと税務当局としては、SPC社で「損金計上」させた方が、A社の税負担を増やせるという背景から、通常とは逆パターンの今回のトラブルが起きたというわけです。

5.「資産計上」か、「損金計上」か

では結局のところこの「アレンジメント・フィー」は支出時に「損金計上」すべきなのでしょうか。これについては国税庁調査課作成の「法人税及び消費税等の処理における誤り易い事例とそのチェックポイント」(実務上は「個別通達」に相当するもの)の二十五(4)に解説があります。そこでは「アレンジメント・フィー」は「・・・その契約書等の内容をよく確認し、契約内容等に即してその是非を判断する必要がある」と記載されています。つまり「アレンジメント・フィー」と一言で言っても、その中身は千差万別であるから、契約書の内容を良く吟味するなどしてケースバイケースで「損金計上」か「資産計上」かを判断しなさいということになっています。

そして本件については「アレンジメント・フィー」が「・・・請求人の非鉄金属製造業において収益の発生をもたらしたとまでは認めることができない・・・」、つまり先ほどの「アレンジメント・フィー」の支出が、間接的にA社の「中長期的な収益増加」に寄与するから「支出の効果が1年以上の中長期に及ぶ」ものであるため「資産計上」すべきであるというSPC社の理屈は、さすがに論理が飛躍していて認められないということになり、税務当局の主張どおり「損金計上」が正しいという結論になったのです。

6.まとめ

今回は「適格合併」などの専門用語が出てきて、少し難しかったかもしれません。実際は「アレンジメント・フィー」のように「ケースバイケースで判断しなさい」的なことが税務実務では山ほどあります。迷った場合は法令・通達だけでなく判例や裁決事例もふまえて慎重な検討をすることが重要です。