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令和4年9月のKPCレポートは、前回に続いて「不動産投資による相続税対策」が認められなかった事案について解説していきます。今回取り上げる令和2年11月12日東京地裁判決は「千葉銀行」提案にかかるものです。まだ東京地裁の判決が出た段階ですので、今後、高裁・最高裁で異なる結論となる可能性があるものの、前回に取り上げた「三菱UFJ信託銀行」提案のものと大筋では同じ内容であることから、その可能性は極めて低いと言ってよいでしょう。しかも「三菱UFJ信託銀行」提案のものと異なる点として、不動産取引の経緯そのものに極めて不自然な部分があり、何らかの不正が行われていた可能性すらうかがわせる内容となっています。なお今回も分量が多いので、8月と9月の合併号という形で進めていきます。詳しく見て行きましょう。

1.千葉銀行に相続税対策を相談

A氏は相続人とともに、遅くとも平成24年4月頃から千葉銀行に自身の相続税対策についての相談をし、同年5月には千葉銀行からA氏の相続に係る相続税額の総額を計算した相続税概算計算書等を受領していました。その後、平成25年6月にA氏は肺がんにり患していることが発覚しました。相続人は平成25年6月6日、千葉銀行の担当者から、早急に相続税の対策が必要であること、節税対策として即効性があるのは中古物件の購入であること等について説明を受け、物件の紹介を受けることを決めました。

2.転売を繰り返されて「本件不動産」はA氏の所有に

A氏が今回取得した不動産(以下「本件不動産」といいます)は神奈川県横浜市所在の賃貸マンションでした。A氏が「本件不動産」を取得した経緯を見て行きましょう。

「本件不動産」の元々の所有者は甲社という会社でした。「本件不動産」は平成25年4月30日に甲社から乙社に7億5,000万円で売却されました。ところが乙社は甲社から取得して2カ月もたたない平成25年6月28日、「本件不動産」を12億2,400万円で丙社に売却しました。乙社はわずか2カ月足らずで「12億2,400万円-7億5,000万円=4億7,400万円」もの多額の売却益を得たというわけです。乙社にとっては最高のビジネスとなったと言って良いでしょう。

ところが大儲けした乙社は、この後に実に奇妙な行動に出ます。乙社は平成25年7月25日、「本件不動産」を13億4,844万円で丙社から買い戻したのです。つまり乙社は「本件不動産」を、売却から1カ月も経たないうちに「13億4,844万円-12億2,400万円=1億2,444万円」も上乗せした金額で丙社から買い戻したことというわけです。通常ではとても起こり得ないような話ですが、一体、乙社に何が起きたのでしょうか。

しかし次の説明を受ければ、この乙社の奇妙な行動の理由は氷解します。乙社は丙社から買い戻した同日の平成25年7月25日、前述のA氏に「本件不動産」を15億円で売却する契約を締結したのです。つまり乙社は平成25年7月25日に丙社から「本件不動産」を13億4,844万円で買い戻し、その日のうちにA氏に15億円で転売したというわけです。要するに乙社は今度はたった1日で「15億円-13億4,844万円=1億5,156万円」もの売却益を得たというわけです。つまり乙社は「本件不動産」を15億円で買っても良いと考えるA氏の存在を知ったことから、一度売った「本件不動産」を1億円以上も上乗せした価額で丙社から半ば無理矢理に買い戻し、即日A氏に転売したと考えれば納得できるでしょう。まとめると乙社は3カ月足らずの間に「本件不動産」の転売を2回やって、トータルで「4億7,400万円+1億5,156万円=6億2,556万円」もの売却益を得たというわけです。

3.不自然な「本件不動産」の取引経緯

しかしこの「本件不動産」の取引経緯を聞いて、強い違和感を覚えた人もいるのではないでしょうか。

例えば平成25年7月25日という日に焦点を当ててみましょう。丙社とA氏はこの日に行われる取引の全体像(乙社は丙社から「本件不動産」を13億4,844万円で買い戻し、その日のうちにA氏に15億円で転売をする)について、果たして乙社から詳細な説明を受けていたでしょうか。一応「本件不動産」が即日転売されることについては説明を受けていたようですが、それぞれの売買価額まで含めた詳細についてまで説明を受けていたとはまず考えられないでしょう。仮に丙社がA氏の意思を知ったら、乙社ではなくA氏に直接に売却することを望むでしょう。なぜならばA氏は15億でも買っても良いという意思を持っているわけですから、丙社はA氏と直接に交渉することによって「本件不動産」を乙社への売却価額である13億4,844万円よりも高く売却できた可能性は極めて高いからです。ではA氏はどうでしょうか。もし「本件不動産」の所有者である丙社が13億4,844万円で売っても良いという意思を持っていることを知ったら、こちらも丙社と直接に交渉することを望むでしょう。そうすれば交渉の結果、A氏もまた15億円を下回る価額で取得できた可能性が極めて高いわけです。

このように丙社とA氏は互いの意思を知れば、それぞれ極めて有利な条件で取引できた可能性が高いにもかかわらずそれをしなかったということは、乙社から詳細な情報が与えられていなかったと考えるのが自然です。ただここで誤解して欲しくないのは、乙社のこの取引の仕方は(賄賂のような何らかの不正等がないことを前提とすれば)基本的に合法であるということです。丙社もA氏もそれぞれ納得して乙社との契約書にサインをしているわけですし、乙社の情報収集能力と交渉能力が優れていた結果ととらえることもできるからです。

とは言うもののたった1日で1億5,000万円以上の売却益というのは、いささか極端な気もします。そもそもこのような多額の売却益を乙社が得られた最大の理由は、千葉銀行からA氏の存在と意思についての直接的な情報提供があったからであると考えられます。判決文の中では乙社とA氏が出会った経緯の詳細についてまでは触れられていませんが、A氏の相続人は千葉銀行に物件の紹介を依頼していることから、直接的か間接的かはともかく、千葉銀行が何らかの橋渡しをしたと考えるのが自然です。仮にそうだとすると、ここで疑問となるのは、なぜ千葉銀行は「本件不動産」の所有者である丙社ではなく、1つ前の所有者である乙社とA氏の橋渡しをしたのかということです。仮に乙社が「本件不動産」の取得を勧めて来たとしても、登記簿を見ればその時点での「本件不動産」の所有者は丙社であることはすぐに確認できます。そうであれば不動産取引そのものは丙社とA氏の間で直接に行い、乙社は(宅地建物取引業の免許を持っていることを前提とすれば)その取引の仲介をして法律で定められた範囲での仲介手数料を受領するのが通常のやり方ではないでしょうか。ところがどういうわけか1つ前の所有者である乙社がわざわざ丙社から買い戻をしてから、A氏にその日のうちに転売するという実に不自然な流れの取引をしているのです。その結果、誰が直接的な利益を得たかというと、丙社でもA氏でも千葉銀行でもなく、乙社が1日で1億5,000万円以上の多額の売却益を得たというわけです。このように全体を俯瞰すると、乙社から千葉銀行あるいは銀行員個人にコンサルティング報酬名目や現金などで何らかの賄賂的なものが流れていてもおかしくないと思うほど不自然な点が多いのです。

4.税務調査と更正処分

さてそろそろ本題に入っていきましょう。「本件不動産」を乙社から取得した約2カ月後に、A氏は死去しました。相続人達は「本件不動産」の「相続税評価額」を「国税庁通達」に従って4億7,761万1,109円(以下「本件通達評価額」といいます)と評価しました。A氏は「本件不動産」を15億円で取得していますから、これによってA氏の相続財産全体の「相続税評価額」は概ね「15億円-4億7,761万1,109円=10億2,238万8,891円」も下がったことになります(※この辺の仕組みについては前回のKPCレポートで解説していますので、詳しく理解したい方はそちらを参照してください)。これに対して税務当局は平成30年5月28日付けで「本件不動産」は評価通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められるとして更正処分をしたため争いになったのです。なお更正処分において「本件不動産」の価額は一般財団法人日本不動産研究所に所属する不動産鑑定士が鑑定評価した鑑定評価額10億4,000万円とされました。

5.東京地裁の判断

これについて東京地裁は「本件通達評価額」4億7,761万1,109円について「不動産鑑定士が不動産鑑定評価基準に基づいて算定した本件鑑定評価額10億4,000万円と比較すると、その2分の1にも達しておらず、金額としても5億円以上の著しいかい離が生じている。また、本件相続開始の約2か月前である平成25年7月25日に、本件被相続人自身が本件不動産を購入した際の価額である本件売買価額は、本件鑑定評価額を上回る15億円であって、本件通達評価額と本件売買価額との間には更に著しいかい離が発生している。」とし「本件通達評価額によって時価を算定することが適切ではないことをうかがわせるものというべきである。」としました。

さらに東京地裁は「本件被相続人及び原告Aは、千葉銀行Q支店担当者らとの間でかねてより相続税対策について相談を重ね、本件不動産の購入等による相続税の圧縮効果等を検討していたところ、本件被相続人が肺がんにり患したことが発覚した後に不動産の購入を急ぎ、その翌月に本件不動産を購入したものと認められ、相続税の圧縮効果を期待して本件不動産の購入を行ったものであるといえる。」などとし、最終的に「以上のとおり、本件不動産に係る本件通達評価額と本件鑑定評価額とのかい離の程度が極めて大きく、これによって本件相続税の額にも大きな差が生じていることに加えて、本件被相続人及び原告Aが上記のような評価額の差異によって相続税額の低減が生じることを認識し、これを期待して本件不動産を取得したことに照らせば、本件不動産については、評価通達の定める評価方法によって財産を評価することによって、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかであるから、前記(1)の特別の事情があるというべきである。」として税務当局の主張を全面的に認めました。

6.「三菱UFJ信託銀行」事案と基本的なポイントは共通

今回の事案についても、前回のKPCレポートで解説した「三菱UFJ信託銀行」事案と重要ポイントは全て共通しています。第1に「通達評価額」が「鑑定評価額」と比べて大きく乖離していてもそれだけでは否認の理由とはならないとされていること、第2に不動取得が「相続税の節税」目的であったことがプラスアルファの要因として実質的な決め手となっていること、第3に不動産取得が「相続税の節税目的」であることについては「千葉銀行Q支店の担当者が記録していた交渉経過」によって確認されており、金融機関に残されていた資料が証拠として決定的な役割を果たしたという3点において共通しているのです。

このような流れの中で税務当局は、今後「不動産投資による相続税対策」に対してはますます積極的に更正処分をしてくる可能性が高いとされています。過去に行った「不動産投資による相続税対策」に不安材料がある方は、早めに専門家に相談するなどして対応策を検討することをオススメします。