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令和5年1月のKPCレポートは、ある個人が所得税の課税関係について税務署に相談し、その回答どおりに所得税の確定申告をしたところ、実はその回答が誤っていたために更正処分を受けた事案に係る東京地裁令和3年4月23日判決について紹介していきます。

1.概要

個人であるA氏は平成27年8月12日、自身が所有する甲社株式200株を、甲社に自己株式として1株当たり55万円、合計1億1,000万円で譲渡(売却)しました(以下「本件取引」といいます)。A氏は「本件取引」に係る所得税の課税関係について相談をするため、平成28年2月18日に乙税理士事務所に勤務するB氏とともに雪谷税務署を訪れました。

2.雪谷税務署の相談担当職員が誤った回答

雪谷税務署の相談担当職員はA氏に対して「本件取引」よる対価は全て「譲渡所得」に係る旨を回答しました。しかしながら「本件取引」は「自己株式取引」ですから、その対価の一部は「配当所得」となるというのが正しい所得税の課税関係です(この「自己株式取引」の所得税について確認したい方は、令和3年1月のKPCレポートなどで概要を説明していますので、そちらも合わせて読んでいただければと思います)。いずれにせよここで重要なことは、雪谷税務署の相談担当職員は不覚にも誤った回答をA氏にしてしまったということです。

3.税務調査と更正処分

しかしA氏は雪谷税務署の相談担当職員の回答を信頼して「本件取引」による対価の全額が「譲渡所得」に係るとして所得税の確定申告をしました。ところが後日になって雪谷税務署の税務調査が入り「本件取引」の対価のうち1億円が「配当所得」、1,000万円が「譲渡所得」に係るものであるとして、平成30年2月27日付けで更正処分をされただけでなく、過少申告加算税の賦課決定処分までされてしまいました。当然のことながらA氏は納得せず、相談担当職員の回答は「税務官庁の信頼の対象となる公的見解」であるなどとして、更正処分は信義則に反する違法なものであり、過少申告加算税と合わせて取り消されるべきであるなどとして訴訟を起こしてきました。

4.裁判所の判断

これに対して東京地裁は税務相談担当職員が誤った回答をしたことに起因して更正処分が取り消されるためには「税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより,納税者が当該表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ,後に当該表示に反する課税処分が行われ,そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものであるかどうか,また,納税者が税務官庁の当該表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるというべきである」などの内容を「最高裁昭和60年(行ツ)第125号同62年10月30日第三小法廷判決」の内容を引き合いに出して述べました。その上で「上記公的見解の表示に当たるためには,少なくとも,その内容に沿った取扱いを確実に受けられると信頼してしかるべきものによる表示に限られるというべきであり,税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示であることが必要であると解すべきである」とし、さらに「税務相談における税務職員の指導・助言は,税務署長その他責任ある立場にある者の正式な見解の表示であると受け取られるような特段の事情のない限り,信頼の基礎となる公的見解の表明には当たらないというほかない。」などとし、A氏の主張を全て退けました。

5.要するに税務署は相談に対する回答に最終的な責任を持たないということ

裁判所の言っていることをまとめると、要するに税務署に相談しても、税務署長のような立場の人が「これは国の公的見解である」と宣言して回答したような場合でなければ税務署は回答に対して最終的な責任を持つ必要がないということです。ちなみに相続税の「小規模宅地等の特例」の適用可否について税務相談担当職員が誤った回答をしたことで同様の争いになった「令和2年4月13日国税不服審判所裁決事例」でも、A氏の事案と全く同じ理由で税務署の主張が全面的に認められています。実際に税務署長自らが相談に乗ってくれるなどということは考えられませんから、基本的に税務署に相談に行って何らかの回答を得ても、よほどのことがない限り税務署はその回答に最終的に責任を持たないということを理解しておく必要があります。

しかしどうしても取引などが法令・通達の文言の曖昧な部分に関係していたり、当てはめられそうな法令・通達が複数存在しているような場合で、かつその解釈次第で税額が大きく変わってしまうため不安感が非常に強いような場合は敢えて相談に行くという選択肢もあるでしょう。なぜならば税務署は「相談に来た」ということ自体は記録するルールになっていますから、最終的に本当にどちらにも解釈できるような場合は、相談に行ったこと自体が税務調査においてポジティブな影響を持つことは十分に起こりうるからです。しかしそのような場合でも、自分達だけでいきなり窓口に行くのではなく、税理士が法令・通達を徹底的に読み込んで自身の見解を100%固めた後に、現役時代にしかるべきポジションにいた国税OB税理士にアポイントをとってもらった上で同行してもらうなどの工夫は必要ではないでしょうか。

本件についての税理士事務所の対応について見て行くと、同席した乙税理士事務所のB氏は「終始原告の隣で原告と本件職員との会話を見聞きしていたが・・・本件回答について疑問が呈されることはなかった。」とあることから、事前に自身の見解を固めていなかったことが伺えます。もし自身の見解を固めていたならば、税務相談担当職員が誤った回答をした時に「それは間違っていると思うので、もう1度良く調べてもらえますか」と自信を持って指摘することができたはずなのに、何も言わなかったということは理解していなかったと考えるのが自然であるからです。さらにA氏は「上記確定申告書が完成した旨の連絡を受けた際,本件事務所の見解としては,本件対価はみなし配当所得に当たると考えられるので,本件事務所は上記確定申告書に押印ができない旨を告げられていた。」とあることから、乙税理士事務所は確定申告書の作成作業中に雪谷税務署の回答が誤りであることに気がついた可能性があります。しかし確定申告書が完成してから「やっぱり雪谷税務署の言っていることは間違っていると思うので、確定申告書にサインはできません」と言われてもA氏も困り果ててしまうでしょうから、本来であればもっと早い段階で気がついて、もう1度雪谷税務署に聞きに行くなどするべきであったのではないでしょうか。本件は直接的に税理士に責任があるわけではありませんが、上手な税理士事務所を使っていればトラブルは間違いなく避けられたと言えるでしょう。

いずれにせよ税務署は相談に対する回答には最終的な責任を負わないということは知っておく必要があるでしょう。